歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年07月16日(月) 出来る範囲、出来ない範囲

かつて、うちの歯科医院にある高齢の患者さんが来院しました。下の奥歯から膿が出ているということで来院された患者さんだったのですが、実際に診てみると親知らずが横向きに傾いており、その周囲に口の中の細菌が感染し、化膿していたのです。専門的には、智歯周囲炎と呼ばれる症状でした。通常なら、僕は智歯周囲炎の原因となっている親知らずを抜歯するのですが、僕はそれをしませんでした。患部を消毒液で洗浄しながら、抗生物質を処方しました。そして、某病院の歯科口腔外科の専門医に紹介し、抜歯を依頼したのです。

どうしてそのようなことをしたのか?
健康な患者さんの親知らずであれば、僕は抜歯を行います。ところが、この患者さんは高齢でした。しかも、問診をしていると複数の降圧剤を服用し、肥満体型でした。このような患者さんをうちのような一般歯科医院で抜歯するということは危険であると僕は判断したのです。
抜歯とは言っても体には相当の精神的、肉体的ストレス、負担がかかります。健康な人でもそうなのです。これが高血圧で肥満である人の場合、健康な人と同じように抜歯をすれば、抜歯中に何か全身的な症状が出てくる可能性、リスクが生じます。抜歯により体調が変調し、場合によっては命の危険性を考えなくてはならない可能性があるのです。
何か体に全身症状があっても直ちに対処できる態勢がある医療機関で抜歯をする必要があるのです。僕が某総合病院の歯科口腔外科で親知らずの抜歯を依頼したのは、抜歯をすることにより何か体調の変調が生じても某総合病院であれば、他科の専門家が常駐し、病院内で連携して処置を行うことができるという安心感があったからです。

実際、この患者さんは紹介先の病院で診てもらったところ、外来での抜歯は難しく、入院をして全身麻酔をして抜歯をすることになりました。担当医からの手紙によれば、患者さんの抜歯によるリスクを考えると入院下で全身麻酔をかけながら抜歯することが最も安全に抜歯できるという判断をしたということが書かれてありました。

意外に思われる方がいるかもしれませんが、歯医者には自分の得意とする分野、そうではない分野というのがあるものです。歯医者でありながら歯や口に関する全ての処置をできないものか?と疑問に思われる方がいるかもしれません。
僕自身、自分の歯科医院に来院される患者さんには自分が出来る限りのことをしてあげたいという気持ちは強いのですが、気持ちとは裏腹に全ての口に関する治療の技量、経験がないのが正直なところです。


僕は今まで培ってきた歯科医としての知識、技術、経験をもとに患者さんの口の中を治療しているわけですが、歯科の分野というもの、仕事をすればするほどその奥深さに驚き、自分の能力の無さに気づかされてしまいます。

おそらく、どんな仕事でもそうだと思いますが、表面上簡単に見えている仕事であったとしても、追求していけばいくほど理想は高くなり、より自分を高めていきたいという気持ちが出てくるものではないでしょうか。欲深いと言われればそこまでかもしれませんが、飽くなき追求というのはどんな職種の専門家でも持ち合わせているものだと思うのです。この気持ちがあってこそ、プロとして精進し、世間に認められるのではないでしょうか。

将来的にはもっと自分を高めたいとは思っていても、現状は現状です。僕の場合、現在の自分の能力では自信を持って患者さんに治療を施すことができないことがあります。未熟な技量のまま、そして、充分な医療体制が取れないまま患者さんに治療を行えば、いくら良い治療法であったとしても患者さんに多大な迷惑をかけるだけです。患者さんにとってベストの治療法であったとしても、自分の手に負えないような場合、僕はその道の専門家を紹介し、治療を受けてもらうことをためらいません。

明確に自分が出来る治療、出来ない治療を分けることが僕は必要だと考えます。自分の技量が充分でないのに全てを抱え込んでしまうことは、結局のところ、患者さんのためにはなりません。自分の出来る範囲で治療できる場合は精一杯治療をする。出来ない範囲であれば、責任をもって信頼できる専門家に治療を依頼する。
僕の歯科治療におけるモットーの一つです。


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