歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年06月11日(月) おじいさん、孫を虐待か?

先週末、僕が所属する地元歯科医師会では一般市民向けに公開講座を開きました。この公開講座は、毎年数回程度行われているもので、広く一般市民の方に歯や口に関する健康の大切さを知らしめようと、地元歯科医師会が主催している催し物の一つです。講師は地元歯科医師会の会員の歯医者が担当しているのですが、僕はこの講演会の裏方の一人として参加してきました。

今回の講座は市内の某公民館の一室を借りて行われたのですが、一室がほぼ満員になるくらい盛況でした。参加者は年齢層が高めではあったのですが、どの方も熱心に聴講され、講演後、いくつも質問が出されました。質問が活発に出るということは、参加者の関心が高いという証拠でもあるわけですが、中には歯医者からみて非常にユニークだと感じられる質問がありました。
質問者は高齢の男性の方でした。

「私には孫がいるのですが、いつも孫の乳歯がぐらぐらしてくると抜いてやっているんですが、抜いてよいケース、抜いてはいけないケースがあれば教えて下さい。」

誰もがご存知のことと思いますが、乳歯は3歳前後で生えそろい、小学生の間に永久歯と生え変わります。質問者のお孫さんはどうも小学生の低学年のようで、お孫さんの歯がぐらぐらしてくると、質問者であるおじいさんのもとにやって来て、歯を抜くように言うそうです。孫にぐらぐらの乳歯の抜歯を頼まれた質問者は、その歯に糸をくくりつけ、思い切って引っ張ることにより乳歯を抜歯しているようです。

このような光景、以前であればおじいさんやお父さんが孫や子供の成長の手助けをする光景の一つとして、どの家庭でも見られた光景かもしれません。おじいさんが孫の子育てに参加する一光景として、微笑ましく見えるものかもしれません。

歯医者の本音として書かせてもらうと、あまり感心できません。
いくらぐらぐらして抜け落ちそうな歯だったとしても、無理して抜歯をするということは痛みを伴います。一瞬だったとしても痛いものです。咽喉もと過ぎれば熱さ忘れるではありませんが、孫にすれば一瞬の痛みくらいは我慢できるものかもしれません。けれども、歯のことがよくわからなかった昔ならともかく、歯科医学が進んだ現在においては、麻酔をして痛みを感じないようにして抜歯をすることが可能です。
また、麻酔をすることは痛みを感じさせないようにするだけでなく、抜歯後の出血を抑制する意味合いもあります。麻酔注射液の中には血管を収縮させる薬が含まれています。抜歯をする歯の周囲に麻酔注射液を注入すると、抜歯する歯の周囲にある微小血管を収縮させます。その結果として、抜歯後、歯を抜歯した周囲の歯肉からは出血しにくい、出血しても直ぐに止血する状況になるのです。
無理をして家庭で乳歯抜歯をするよりは、痛みを感じさせないようにして抜歯し、止血効果が期待できる歯医者で抜歯した方がいいのではないかと思います。

ぐらぐらしている乳歯であれば問題なのですが、乳歯がぐらぐらしていないにも関わらず後続の永久歯が生えてくるような場合があります。これは要注意です。本来、乳歯の真下に生えてくるはずの永久歯が位置をずれて生えてきているからです。こうなると、永久歯になった時の歯列やかみ合わせに乱れが生じることになります。そうならないようにするために、乳歯の前後に後続永久歯が生えてきた場合には、歯医者で乳歯を抜歯する必要があります。

ある程度の年齢になっても乳歯が生え変わらない場合があります。この場合、後続の永久歯が生まれつき無い場合や後続永久歯が埋まっていて生えてこない場合もあります。レントゲン写真を撮影すれば一目瞭然なのですが、家庭の中だけでは決してわからないものです。いつまでも後続永久歯が生えてこない場合は、不安がるだけでなく近所の歯医者、かかりつけ歯医者を受診することをお勧めします。

今回の講演会で講師は上記のようなことを回答していましたが、僕も全く異論はありません。家庭の中のことですから、孫のぐらぐらした歯を親やおじいさん、おばあさんが抜歯しても問題ないのかもしれません。孫は親やおじいさん、おばあさんを無条件に信用していますから。けれども、痛いことは誰でも嫌なもの。虐待するというわけではないでしょうが、抜歯で痛い、嫌な思いをするなら、歯医者で痛くない抜歯をしてもらった方が孫のためになるのではないか?講演後の質疑応答を聴きながら、そのようなことを感じた歯医者そうさんでした。


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