2007年05月28日(月) |
飴玉を舐め続ける理由とは? |
歯科医院には様々な患者さんが来院されるものですが、長寿社会となった現在、いろんな病気を持った患者さんが来院されることが多いものです。歯科業界では、むし歯や歯周病といった歯科の病気以外の全身の病気を持っている患者さんのことを“有病者”と呼びます。医学英語で様々な病気を持っている患者のことを“compromised patient”と言うのですが、”歯科業界では“compromised patient”の和訳を”有病者”と称するようです。僕は個人的には“有病者”という訳は好きではありませんが、それはともかくとして、うちの歯科医院にも“有病者”患者は何人も来院されます。
うちの歯科医院のある周辺は高齢者が多いことも影響しているでしょうが、他の医院、病院に通院しながらうちの歯科医院を受診している患者さんが目立ちます。このような“有病者”患者の場合、治療開始前に充分に問診を取ります。どんな病気でどこの診療所、医院、病院に通院しているか、治療内容や薬の種類、飲み方についても確認します。患者さんからの情報だけで不安な場合は、担当医に手紙で医療情報を提供してもらう場合もあります。
さて、“有病者”患者ですが、全身の病気であるが故に歯の治療にも大きく影響を及ぼすことがあるのです。 以前、勤務していた病院歯科でのことです。僕の患者さんにYさんという患者さんがおられました。Yさんはむし歯や歯周病がひどく、治療をしていたのですが、治療すればするほど歯が悪くなるような感じがしたのです。決して僕がいい加減な治療をしていたわけでなく、また、Yさんが治療を放棄して、放置していたわけではありませんでした。Yさんの治療は一定の受診間隔で進んでいたはずなのですが、僕が治療をするペースよりもYさんの歯が悪化してくるペースが速いように感じたのです。
“どうしてなのだろう?これは何か裏に事情があるはずだ!” 実は、Yさんは腎不全で数年前から腎透析を行っていました。週3回の透析治療の合間に僕の治療を受けており、そのことは治療前から充分に把握していたつもりでした。ただ、腎透析の治療で口の中の状態がこれほど悪化するものか疑問に感じていたのです。 治療中、僕はYさんに何気なく腎透析のことを尋ねたところ、Yさんはこのようなことを言われたのです。
「わしね、腎臓の透析をしていますと咽喉や口がカラカラになりますねん。だから、ずっと飴玉を舐めていますねん。」
”そうか!” と僕は気がつきました。
腎透析をしていると水分の補給に制限を受けます。そのため、どうしても咽喉や口の中が乾燥し、カラカラになりやすいのです。 また、唾も出にくくなります。Yさんはこのことを解消するために、飴玉を舐め続けていたのです。
飴玉を舐めることは唾液を出すのに有効な手段かもしれませんが、思っているほど唾液は出ないもの。しかも、飴玉の中にはむし歯の原因となる砂糖が多量に含まれています。カラカラに乾いた口の中に飴玉を含んで舐め続けるということは、砂糖を口の中に多量に残すことになるのです。唾液もでにくくなっているため、砂糖が歯に残される傾向が強くなることから、Yさんの口の中はむし歯を積極的に作り出している環境になっていたのです。そのため、Yさんは僕の治療ペースよりも早いペースで歯が悪化していたのです。しかも、厄介なことにはYさん自身、飴玉を舐め続けることが歯の悪化に関係していることに気がついていなかったのです。
このような場合、歯をこれ以上悪くさせないためには、飴玉と舐める習慣を控えてもらうことが一番です。その代わり、お茶や水分を飲むように指導するのですが、腎透析を受けているYさんには水分補給の制限があり、それもままなりません。飴玉を控えるように指導することは、今のYさんにとって酷なことだと言えました。 そこで、僕は、飴玉を舐めるなら“キシリトール”入りの飴玉を舐めるように提案しました。キシリトールは砂糖と同じ甘味料の一つですが、むし歯をつくるむし歯菌が好物としない甘味料であり、結果としてむし歯が出来にくくなる特性があります。Yさんが飴玉を舐めるのは口の中のカラカラ感、乾燥感が気になるために舐めているのですから、飴玉を控えるよりは、むし歯を作らない材質をもった飴玉を舐めてもらうことが現実的だろうと判断したわけです。 ただ、キシリトール入りの飴玉を舐めることだけがむし歯予防になると信じてもらうのも問題があるので、Yさんには歯を磨く回数を増やすようにも伝えました。歯を磨くことは口の中の汚れを取ることももちろんですが、歯を磨くことにより口の中が刺激され、少しでも唾液が出やすくなること、そして、うがいをすることにより水気が口の中に含まれる機会が増える効果を期待しての指導でした。 その結果として、Yさんの歯の悪化ペースは何とか遅延させることができ、治療が追いつくような形になってきました。
口の中だけを診ているとわからないことが歯科の治療ではあるものです。歯の健康の維持は、単に歯磨きだけではなく、その人の生活習慣に拠るところが多いものですが、中にはYさんのような全身の状態を解消するような生活習慣が原因のこともあるのです。歯科治療、難しいものです。
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