歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年03月08日(木) お嬢さんを僕に下さい!

昨日に引き続き、最初は寺島しのぶがらみの話をば。
フランス人の彼からプロポーズを受けた寺島しのぶは彼を両親と弟に会わせるために自宅に彼を招待したとのこと。家族で会食中、フランス人の彼から「結婚させて下さい」という申し出あったとか。一瞬尾上菊五郎は表情を変えたそうですが、フランス人の彼とウィスキーのボトル3本を空けると打ち解け、「(結婚を)許す」と承諾したそうです。

花嫁の父親が手塩にかけて育ててきた一人娘を花婿に”下さい”と言われる、このシーン。花嫁の父親も花婿もとても緊張する場面だと思いますが、結婚に際して避けては通れない場面のようにも感じます。
この話を聞き、僕は同じような話を思い出しました。

僕が結婚する前の某病院での研修医時代のある日の夜のことでした。
僕の指導教官の一人であったO先生は、普段の診療では非常に厳しい先生でした。僕も何度か外来の診療室やオペ場で雷を落とされたのですが、素顔のO先生は非常に知的で温和な方だったのです。特にアルコールが入ると、いつも以上に淀みなく話をされる先生でした。
研修医仲間同士が将来のことを話していると、O先生が会話の中に入ってきました。一日の仕事が終わり、緊張から解放されたのでしょうか、帰宅する前医局でO先生はアルコールが入っていたようで顔を少し赤くされておられていました。
O先生自身、自分の研修医時代の苦労や自分の上司の先生のことを話されたのですが、奥様へのプロポーズにまつわる話をしてくれたのです。

「家内にやっとのことでプロポーズして受け入れられた時は天にも舞い上がるくらいうれしかったよ。ところが、これで結婚という段階になって僕は一つ憂鬱になったことがあるんだ。」
「それは一体何だったんですか?」
「家内のお父さん、お母さんに挨拶に行くことだったんだよ。特に問題だったのがお父さん。家内と付き合っている最中、何度か家内の家に電話をしたんだよね。今みたいに携帯電話が無い時代だろう?いつも電話を掛ける時、家内に出て欲しいといつも願っていたよ。ところが、人生ってそううまくいかないもので、僕が電話を掛けるといつも最初に受話器を上げるのがお父さんだったんだよ。お父さんには特に文句も言われなかったんだけど、電話越しの雰囲気がね、わかるんだよ。“うちの娘に何かあったら承知しないぞ!”っていう無言のプレッシャーがね。」

「そんなお父さんだったから、プロポーズしたらきちんと挨拶に伺わないといけないと思っていたんだけど、緊張しまくりだったよ。事前に家内を通じてお宅に伺う約束をしていたわけだけど、応接間に通されお父さんに挨拶をしようとすると膝がガクガク震えるんだよ。そんなことはおくびにも出さないようにしながら、自分なりにきちんと挨拶をしてね、タイミングを計って言ったんだよ。『お嬢さんを僕に頂けないでしょうか?』ってね。」

「お父さんは最初は無言だったんだ。そのうち、食事をご馳走になったんだけど、お父さんのお酌の相手は僕だったんだよね。そこでお父さんの人生訓みたいなことをいろいろ聞かされたんだよ。こちらとしては早く返事が欲しいのだけど、お父さんはそんなのはなに吹く風って感じで一向に僕の言ったことに返事をくれないわけ。そのうち僕も酒を勧められてね。相当時間が経ったんじゃないかな。おそらく食事を始めて数時間以上は経っていたいたと思う。ある時突然、『娘を頼む』って言われたんだよ。僕はうれしさと長時間の緊張が解けたせいか思わず泣いてしまったんだ。男らしくないといわれればそれまでなんだけど、僕の誠意が通じたかなと感激してしまったんだね。」

“結婚を決める際にはこのような場面に遭遇するものか?”と僕ら独身の野郎研修医仲間は皆熱心にO先生の話を聞いてみたものです。O先生曰く

「結婚前、花嫁のお父さんと酒を酌み交わしながら話をするのは、結婚前の男の洗礼みたいなものだ。」

将来、花嫁となる人の両親に挨拶をしなければいけない時、親御さん、特にお父さんに長時間酒を酌み交わすような場面に遭遇する。アルコールが弱い僕は果たして耐えられるだろうか?途中で酔っ払ってしまい恥をかかないだろうか?
そんな不安さえ感じたものです。

実際の僕はどうだったでしょう?
僕は今の嫁さんのお父さんに「お嬢さんを僕に下さい」とは言いませんでした。いや、言えなかったのです。
その訳は、嫁さんは母子家庭だったからです。嫁さんのお父さんは嫁さんが小学生時代亡くなられました。以降、嫁さんはお母さんと同居していたおばあさんに育てられてきたのです。そのため、僕は嫁さんのお父さんに“お嬢さんを僕に下さい”と言う経験をしませんでした。もちろん、嫁さんのお父さんと酒を酌み交わすこともありませんでした。
代わりと言っては何ですが、僕は嫁さんのお父さんの仏前で“お嬢さんを僕に下さい”と手を合わせたのです。おそらく、何処かで嫁さんのお父さんは僕たちの結婚を許してくれている。そう信じています。

今後、僕が「お嬢さんを僕に下さい」ということは無いでしょう。幸か不幸かわかりませんが、僕は嫁さんのお父さんと「お嬢さんを僕に下さい」と言うことはなく、一緒に長時間酒を酌み交わすことはありませんでした。それはそれで仕方のないことかもしれませんが、不謹慎かもしれませんが、実際にこのような場面に遭遇すれば自分はどう対応しただろうと今でも思う時があります。きっと酔いの勢いと格闘しながら、お父さんの話を聞いているのだろうなあと想像する、歯医者そうさんです。


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