| 2007年02月07日(水) |
痴呆のおばあちゃんからのプレゼント |
昨日、午前の診療を終え、昼食を取っていた時のことでした。近くに住んでいる叔母が訪ねてきました。叔母は僕を見るなり、 「見せたいものがある」と言うのです。 “叔母が直ぐにでも僕に見せたいものとは一体何だろう?“いろいろと思いめぐらせようとした時、叔母が見せてくれたのが下の写真でした。
この写真は僕がかつて祖母にプレゼントした土産物です。 今から13年前、当時某大学の大学院生だった僕はある国際学会で発表するため、カナダのモントリオールへ出張しました。初めての海外での国際学会発表ということでいろいろと思い出深い学会であったのですが、その際、家族にいろいろと土産物を購入しました。その中の一つが上の写真で、一種の記念楯のようなものです。表には “I love you, grandma”と書かれてあります。
幼少時代の僕は、母方の祖父母と一緒に暮らしていました。弟が誕生し、お袋が弟の世話に掛かりっきりにならざるをえなかった時、僕を世話してくれたのがお袋の祖父であり、祖母であったのです。幼少の頃の僕はおじいちゃん子であり、おばあちゃん子でもあったのです。 僕がカナダはモントリオールへ出かけた当時、既に祖父は他界していましたが、祖母は元気一杯でした。僕はモントリオールへ出かける際、祖母にそのことを伝えたのですが、祖母は 「何やら難しい話をするために外国へ行くんだねえ、頑張ってよ」と励ましてくれたものです。そんな祖母に買ってきた土産物が上の写真だったわけです。祖母は僕の土産物を大変喜び、自分の部屋に飾ってくれていました。
そんな祖母も今では僕の顔を見ても反応を示してくれません。祖母は痴呆、すなわち認知症が進んでしまいました。きっかけは数年前に見つかった乳癌でした。祖母は乳癌の手術により左右両方の乳房を全て摘出してしまったのです。手術後の経過は順調だったのですが、次第に言葉数が少なくなり、まだらボケが始まりました。認知症は徐々に進み、玄関先で転倒し大腿骨骨折してからは、寝たきりに近い状態となっています。今では嚥下、すなわち、飲み込むことが不自由となり胃瘻の手術を受け、胃瘻で食事を取らざるをえなくなっています。
昨日、たまたま叔母が祖母の部屋を叔母が掃除した時に、上の写真の楯をはずしたのだそうです。そこで叔母はあるものを見つけました。それはこの楯の裏側にありました。叔母はこの楯の裏側を僕に見せるために、我が家に楯を持ってやってきたのです。
“喜びて手をかけし初孫が遠き国より吾にみやげを” “男の子故異国への旅気に成らずそれよりうれし学会発表” “よく学び英語の発表素晴らしいよく育ちたる孫見上げみる”
楯の裏側には僕がモントリオールから帰った直後、祖母が書いたと思われる三篇の短歌が書かれてありました。僕自身、このような短歌は初めて見ました。僕だけではなく、お袋や叔母も全く知らなかったと言います。 おそらく誰にも言わず、僕の土産物をもらった時の気持ちを短歌に書き、そっと楯の裏側に飾っていたのでしょう。今となってはその真意を知ることはできませんが、僕にとってはこの短歌だけで充分でした。 認知症が進んだ祖母からの思わぬプレゼント。
「おばあちゃん、どうも有難う!」
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