歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年12月14日(木) 先は永くないから

「Hさんもこの先永くありませんからなあ、ハッハッハ・・・・。」

うちの診療所で親父が発した言葉です。親父はまさに治療をしているHさんに向かって言ったのです。
そばで診療をしていた僕は親父の発言にドキッとしました。そりゃそうでしょう。患者さんに対して“この先永くありませんからなあ”なんてことを言えるわけがありません。たとえ僕がHさんの診療をしていたとしても、人生の先輩であり、高齢であるHさんに“先が永くありませんからなあ”とは口が裂けても言えません。
ところが、Hさんの反応は実ににこやかなものでした。

「いつお迎えが来てもおかしくありませんから、ハッハッハ・・・・」
と笑みさえ浮かべておられたのです。

親父は今年75歳の現役歯医者です。さすがにかつてと同じように歯医者の仕事ができるわけではありませんが、それでも、週4日は通常の歯科診療を行っています。親父の仕事に問題があるならば、僕は親父に診療をしないよう言うつもりですが、今のところ技術的にも問題なく診療しています。変に引退させてしまって自宅でボケられても仕方がありませんから、仕事をしてもらっています。
そんな親父に長年診てもらった患者さんは、今でも親父を指名し、治療を受けています。そのような患者さんは、親父にとっても自分と共に年月を重ねてきたという意識があるように思います。また、患者さんにとっても長年自分の口を診てもらってきたという安心感があるようで、何を言われようとも気楽に話ができる雰囲気があります。
親父が言った“この先永くありませんからなあ“の中には患者さんに対する温かみ、愛情さえ感じられます。
“あまり無理をせず、気楽に、ぼちぼちと余生を楽しみましょう。”
そんな言外の意味がこめられているようにも思います。

親父だからというわけではありませんが、かかりつけ歯医者として長年患者さんがついてくる歯医者というのは僕の理想でもあります。僕は歯医者になってまだ15年しか経過していませんが、親父のように何人もの患者さんに慕われる存在になっているとは到底思えません。じっくりと腰を落ち着け、地道に治療をしていくうちに信頼というものは得られていくもの。お互いの信頼関係が得られればどんな冗談であったとしても気軽に流して聞くことができるものなのでしょう。

「Hさんもこの先永くありませんからなあ。」
このようなことを言える患者さんとの信頼関係をいつかは作っていけたらと思う、歯医者そうさんです。


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