歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年12月11日(月) 「痛かったら手を挙げて」も歯の治療を続ける理由

歯医者といえば、“痛い”というイメージが世間では浸透しています。これまで歯医者以外の方と話をしていた際、歯医者のイメージで真っ先に言われることの一つに“痛い”と答える人が多かったように思います。
この痛いに関してですが、歯の治療をする際、歯医者が
「痛かったら手を挙げて下さい」
と言ったにも関わらず、実際に治療をしていて痛みを感じて手を挙げても無視されてしまうという経験をお持ちの方はかなりの数になっているのではないでしょうか?
先日、テレビを見ていると、ある漫才コンビのコントで上記のような歯医者の治療シーンがあり、患者役の漫才師が手を挙げていてもずっと治療をし続け、相手役から突っ込みを受け、場内から笑いを取っていました。
患者さん側からすればとんだ迷惑なことだと思います。歯医者が
「痛かったら手を挙げて下さい」
と断っていても、実際に手を挙げても治療し続けるということは約束違反であり、歯医者不信になるといってもいいかもしれません。

ある田舎歯医者である僕も患者さんの治療に際し、痛みが予想される場合には
「痛かったら手を挙げて下さい」
と言うことがあります。
痛みが予想される処置とは、神経が生きている歯のむし歯の処置、神経の処置、抜歯、膿瘍切開などがあります。このような処置の場合、痛くないように事前に麻酔の注射をすることが普通です。麻酔を十分に行い、麻痺させせれば痛くない処置ができるのです。
ですから、歯医者で処置中に痛みを感じたくない人は事前に麻酔の注射を申し出た方がよいと思います。
それでは麻酔の注射は痛くないのかと問われる方がいることでしょう。確かに麻酔の注射は痛いです。ただし、いくつかの工夫によって痛みを感じさせないか、ほとんど感じないくらいできるような手立てあります。
“あれっ、もう麻酔の注射が終わったのですか?”と言われる患者さんもいるくらいです。

“それでは全ての患者さんにそのような麻酔の注射をすればいいのじゃないか?”
と思われる方もいるかもしれません。それは理想ですが、実際の患者さんの治療は時間との勝負のようなところがあります。限られた診療時間で何人もの患者さんの治療を行わないといけない制約があります。
保険診療においては今年の診療報酬改定で軒並み処置報酬が下げられました。処置報酬が下げられた結果、歯医者は多くの患者さんの治療行うことで診療報酬の下げを取り戻さないといけないジレンマがあります。
また、多くの歯科医院では予約診療制です。診療時間を予約してその時間に治療を行うことが前提なわけですが、患者さんによっては治療に時間を要したり、思わぬトラブルが生じて診療時間が延びることもしばしばです。また、急患の患者さんが来院すれば、予約患者さんの合間に診なければならない。となるとますます予約時間に間に合わなくなり患者さんを待たせることになります。
そのような状況から歯医者ではなるべく患者さん一人あたりの診療時間を短くしたい、診療の効率性を図りたいというのが本音なのです。
そうなると、一人一人の患者さんに時間をかけて麻酔注射をする時間的余裕がなかなか得られないのが実情なのです。

明らかに深いむし歯の処置や神経の処置、抜歯などを行う場合、麻酔の注射をしますが、比較的浅いむし歯の処置の場合、麻酔の注射をせず処置を行うことがあります。麻酔の注射をしなくても歯を削りむし歯をとっても痛くないだろうということからです。
実際はどうかといいますと、浅いむし歯の処置であればあるほど痛みを感じる患者さんがいるものなのです。歯を削る際、表面のエナメル質を削っている時は痛くはありません。神経に近くなればなるほど痛みを感じるものなのですが、エナメル質を削って象牙質に達した場合、痛みを感じやすいのです。浅いむし歯の処置で痛みを感じるのはこれが原因であることが多いのです。

愚考するに
「痛かったら手を挙げて下さい」
と言っているにも関わらず歯医者が手を止めない場合というのはこうしたケースが多いのではないでしょうか。患者さんからすれば痛みを感じている。一方、歯医者からすればさほど深いむし歯ではないし、診療時間の制約もある。そうであれば、少々患者さんには苦痛を与えるが我慢して治療を早く済ませてしまいたい。そのため、患者さんの手を挙げている合図を敢えて無視することがあり、患者さんの不評を買ってしまうのではないかと想像するのです。


閑話休題。麻酔が効かないということを言われる方が時々いますが、これは基本的には間違いです。
麻酔が効きにくい状況というのは確かにあります。典型的な例が歯痛や腫れが一番ひどい状況にある場合です。炎症している組織に麻酔を注射しても麻酔薬の生化学的特性のため、麻酔が効きにくい状況が生まれることがあります。けれども、麻酔の注射量を増やしたり、麻酔をしてからの時間を長めに取ったりすれば麻酔は効いてきます。
それ以外は麻酔の注射が効かないということはありえません。麻酔が効かないというのは、歯の周囲の骨が緻密で注射液が患部に浸透しなかったり、麻酔の効果を十分に待たずに治療を施したり、はたまた注射液が患部から漏れたりしたりするような要因があるからではないかと思います。

いずれにせよ、「痛かったら手を挙げて下さい」と患者さんが意思表示しているにも関わらず治療を止めないのは歯医者に問題があると思います。同じ歯医者として猛省しなければならないと思う今日この頃です。


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