先日、矯正治療を受けている患者さんSさんが来院しました。Sさんはうちの歯科医院から矯正治療のために矯正専門医へ紹介した患者さんでした。
うちの歯科医院では歯の矯正治療をいっていません。理由は簡単です。僕自身、矯正治療の経験が全くないからです。僕は某歯科大学時代に歯科矯正学を学び、実習も受けてはきたのですが、本格的に矯正治療を行うには更なる研修、研鑽が必要です。僕は、今まで歯科矯正学のトレーニングを受けてきていません。歯科矯正学の基本的知識はもっていても、治療となると全く別物です。そのため、僕は歯の矯正治療を希望する患者さんは懇意にしている矯正専門医へ紹介し、治療を受けるようにしているのです。Sさんもそんな患者さんの一人だったのですが、Sさんは矯正専門医からの手紙を携えて来院しました。 その手紙の封を開けると、僕宛に下のようなことが書かれていました。
“上下左右の第一小臼歯の便宜抜歯を宜しくお願い致します。”
僕が懇意にしている矯正専門医は歯並びを治す矯正治療と矯正治療中の予防処置しか行っていません。むし歯や抜歯が必要なケースは、紹介を受けた歯科医や口腔外科専門医へ治療を依頼します。Sさんの場合、歯の矯正治療を行うにあたり、矯正専門医は様々な角度から治療方針を決定した結果、上下左右の第一小臼歯の抜歯が必要と判断されたようです。そこで、抜歯をうちの診療所で行うようにSさんに伝えたわけです。
ところで、便宜抜歯という単語、抜歯なのにどうして“便宜”単語がついているのでしょう? 本来、抜歯行為は口の中にある歯を抜いてしまうことを指します。抜歯するということは、歯が無くなってしまうわけですからそれ相当の理由がない限り抜歯できません。それ相当の理由とは、歯を残しておくことが口の中に悪影響を起すような場合、他の歯や歯肉に害を与えるだけのような場合です。 例えば、
・むし歯を放置した結果、歯が崩壊し、歯を囲っている歯の周囲歯肉が腫れ、隣の歯にまで悪影響を及ぼしているような場合
・親知らずがまっすぐ生えず、一部だけが歯肉から露出。その結果、歯肉の周囲が炎症起こし、痛みが生じるような場合
・永久歯が生えてきているにも関わらず乳歯が残ったままのような場合 などが該当します。
さて、矯正治療において抜歯が必要であるということは一体どういうことなのでしょう?端的にいえば、乱れた歯並びを治療するに当たり、土台にあたる骨の大きさに対し、生えている全ての歯の大きさの方が大きく、歯を並べ治すスペースが確保できない場合です。このような場合、特定の歯を抜歯して、歯並び治せるスペースを作る必要がでてきます。ところで、このような歯の抜歯は本来の抜歯目的ではありません。歯の抜歯とは先ほども書いたように歯を残しておくことが悪影響しか及ぼさない場合に限るからです。歯の矯正治療はあくまでも歯並びを治すわけです。敢えて言えば、歯並びを治さなくても口の中に悪影響が及ぶとは限らないのです。(正確には若干違うのですが、あくまでも原則の話という前提にしておきます。) 矯正治療時に歯並びを治すためにやむを得ず抜歯を行う場合を便宜抜歯と呼ぶ理由がここにあります。あくまでも便宜抜歯は歯の矯正治療を行うにあたっての“便宜“上の治療行為なのです。本来の抜歯目的、絶対的理由ではない。そういった意味合いが便宜抜歯には含まれているのです。
この便宜抜歯ですが、歯の矯正治療を目的とした便宜抜歯は保険治療の対象ではありません。なぜなら、審美を目的とした歯の矯正治療は、保険治療ではなく自費治療だからです。歯の矯正治療の一環としての便宜抜歯は、保険治療には当たらない。そういった解釈なのです。矯正専門医から歯の便宜抜歯が必要と説明された場合、矯正専門医からは便宜抜歯が保険治療には当たらないとの説明があるはずです。 抜歯であれば保険治療行為だろうと思われる方もいるかもしれませんが、矯正治療における抜歯行為は自費扱いであることをわかって欲しいと思います。
|