歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年11月14日(火) フロイトと葉巻

先日、ある医学業界関連の雑誌を読んでいると興味深い記事を目にしました。その記事に書かれていたのは精神科医であったジークムント・フロイトに関する記事でした。
精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトのことをご存知の方は少なくないのではないでしょうか?今年はフロイトが生まれて150年を迎える年なのだとか。フロイトは“夢判断”や“精神分析入門”などの著書が有名ですが、セックスを重視する精神分析療法を開拓したことで有名です。現代ではフロイトの精神分析療法は精神医学の臨床には役立たなかったという意見が大半を占めているそうですが、文学や芸術には多大な影響を与えたといえるでしょう。

そんなフロイトですが、晩年は癌に苦しんだとのこと。その癌とは上顎癌。フロイトが65歳の時、右上奥歯の歯茎の違和感に気が付いたそうで、専門医のもとを受診したところ、長年愛好していた葉巻の刺激による白板症であると診断されたのだとか。白板症とは、前癌病変の一種で、粘膜の表層が厚くなることにより表面が白っぽくなることが特徴です。専門医はフロイトに葉巻を吸うことを止めるよう勧めたそうですが、フロイトは葉巻を止めなかったそうです。その結果、白板症は歯肉癌となり、フロイト67歳の時に上顎の一部と右下顎、鼻の一部を摘出する手術を受けたそうです。摘出されたところは当然のことながら大きな欠損が生じたので人工顎や義歯が装着されたとのこと。
癌はその後も再発を繰り返し、その都度手術や放射線療法などを受けたそうで、16年間に36回の手術が行われたそうです。度重なる手術によって上顎はほとんどが無くなり、鼻と口の中には大きな空洞ができたそうです。この空洞にはエピテーゼと呼ばれる補綴物が装着されたようですが、うまく合わず、絶えず顎の骨が痛んでいたようです。
そんな状態でもフロイトは葉巻だけは止めなかったそうです。どうもフロイトは葉巻を止めるくらいなら死んだ方がましだと考えていたようです。
その後、フロイトは亡命先のロンドンでも治療を受けたようですが、主治医から手術が不可能であることを伝えられると、自らの安楽死を依頼したとのこと。主治医はフロイトにモルヒネを注射したそうで、昏睡状態に陥ったフロイトは永遠の眠りについたのだとか。享年83歳。

この話で僕が改めて感じたのは、人の生活習慣を変えることは難しいものだということです。
糖尿病や高血圧症、高脂血症や歯周病は日常生活の生活習慣によって引き起こされる病気だということで生活習慣病であると言われています。生活習慣病は直接の死因にはならないものの、死につながる病の原因となる怖い病です。生活習慣病を予防するためには、患者の生活習慣そのものを見直さないと病気の進行を防ぐことはできないとされています。日常生活における病気のリスクを改善しない限り病気を予防することができないのです。
ところが、実際は多くの生活習慣病が無自覚で静かに進行するため、頭では日常生活の悪しき習慣を直さないといけないとわかっていてもなかなか変えることができないのです。好きでやっていることを止めろと言われてもなかなか実行に移せないものなのです。
フロイトに口腔癌も直接の原因は長年愛好していた葉巻でした。そのことは医者であるフロイトも重々承知していたはずです。それにもかかわらずフロイトは葉巻を止めようとしなかった。むしろ葉巻を止めるなら死んだ方がましだと思っていたのです。

歯医者をはじめとした歯科関係者は生活習慣病の一つである歯周病の予防には患者さんの家での歯磨き習慣が欠かせないことを日々訴えているわけですが、単に歯磨きの方法を改善するだけで歯磨き習慣が変わるものではありません。日々の生活の中に如何にうまく歯磨きを取り入れられるかどうかが歯磨きをうまく続けられるかどうかのポイントとなるのです。そのために日頃の患者さんの生活パターンを探ることが治療にも役立つわけですが、患者さんにとって日頃の生活習慣を変えてしまうことは、歯医者が考える以上に大変なことなのです。
今回のフロイトの話を読んで、自分の生活習慣を改善することの難しさを改めて感じた、歯医者そうさんでした。


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