歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年10月18日(水) 前医を批判しない理由

歯科稼業をしていると様々な人から相談を受けることがあるわけですが、中には他の歯科医院での治療に対する相談を受けることもあります。聞いていると明らかに自分がかかっていた歯科医院に対する不信感を募らせた上で、治療に対する不満、治療費の妥当性、前医の人間性などを言われるのです。どちらかというと苦情です。

この苦情に対し、僕が必ず心がけていることがあります。 それは前医の批判をしないことです。 相談者はいろんな経緯があってか、自分がかかっていた前医に不満を持っているようなのです。歯は誰もが親から与えてもらった大切な臓器の一つ。その歯をないがしろにされた、信頼していたのに裏切られたという気持ちから不満を聞いてほしいという気持ちがあります。 相談者の話を聞いていると、確かに相談者が被害者で、前医が悪者であるように思えます。

ところが、これだけで前医が全面的に悪いかということになると、それは言えないと思うのです。なぜなら、前医自身の言い分を聞いていないため、客観的に判断することができないからです。

日頃、歯の治療をしていると患者さんには必ず主訴と呼ばれるものがあります。歯が痛い、しみる、浮いた感じがするといったものから、入れ歯が割れた、歯肉が腫れている、歯が折れたなどなど多種多様です。これら主訴は必ず聞いた上で、歯医者は自分の目で患者さんの口の中がどのようになっているかを確かめます。そして、必要ならレントゲンなどの検査を行い、何が本当の原因かを探します。
興味深いことに、患者さんが訴えている主訴と実際の原因が異なっていることがしばしばあるものなのです。
例えば、歯と歯の間に物がはさまって仕方がないから詰まらないようにして欲しいという場合があったとします。このような場合、歯の境目にむし歯ができている場合が多いのですが、患者さんにそのことを伝えると意外そうな表情をされることが多いのです。自分の感じていた違和感と真の原因にギャップがあるからです。実際にむし歯を治して経過をみてもらうと、歯と歯の間に物がつまらないようになった。患者さんに確認すると

「歯の境目にむし歯があっとは思いも寄りませんでした」
と答えられるものなのです。

また、明らかに治療をしていないようなケースの場合でも敢えて行わなかったこともあるのです。
例えば、根っこの治療が必要なのにしていなかったようなケースがあったとします。患者とすれば、どうして放置したままなんだろうと思うケースでも、前医からすれば、無理して根っこの治療をすると歯が割れてしまうリスクがある。そのことを考えると敢えて治療せず、経過観察をする必要があると判断していた。このような事情を知らず、勝手に前医の批判をしてしまうことはあってはならないことだと思います。

同じ前医の批判をするなら、裁判官のように患者さんの訴えと前医の処置内容を冷静に検討した上で判断し、批判するべきは批判することが筋ではないかと思うのです。
僕は患者さんを決してないがしろにするわけではありません。また、医療側を弁護するわけでもありませんが、患者さんからの情報だけで判断をすることは結局のところ、患者さんにも医療側にも益するところがないと考えます。

僕が前医を批判しない、批判できない理由は、前医の治療方針、事情を知らずして批判することができないからなのです。


 < 前日  表紙  翌日 >







そうさん メールはこちらから 掲示板

My追加