歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年10月17日(火) 歯の治療を異常に怖がる理由

以前、患者さんを治療していてつくづく患者さんとのコミュニケーションが大切だと感じたことがいくつもありました。今日はそんな経験の一つを書きたいと思います。

むし歯ができたので診て欲しいということでうちの診療所を訪れたのはHちゃん。5歳の女の子でお母さんに連れられてやってきました。お母さんは数ヶ月前からHちゃんの奥歯に穴らしきものが開いていることに気がついていたそうなのですが、仕事の関係でなかなか歯医者に行くことができず、今に至ったとのこと。どうもむし歯である可能性が高いので、治療をして欲しいということだったのです。

そのHちゃんですが、待合室で待っている間から何やら不機嫌そうで、時折泣き声が響き渡っているのが診療室にも聞こえてきました。

“次の患者さんはちょいと厄介そうだなあ”

と思っているうちにHちゃんの診療の番となりました。
診療室に入ってきたHちゃんはお母さんにしがみついていました。目には涙が一杯溢れていました。今にも泣き出しそうです。お母さんに尋ねてみると、Hちゃんは生まれて初めての歯医者、しかも、歯医者に来院するまでの車で寝ていたそうで、寝起きだったのです。ストレスと機嫌の悪さで非常にナイーブになっていたようなのでした。

こういった小さなお子さんの患者さんの場合、一度子供を歯医者嫌いにさせない工夫が必要です。ポイントは無理やり治療を進ませないということ。いくらむし歯が深いからといって嫌がっている子供の患者さんに対し強引に治療を行うと、その場は何となってもその後の治療に支障が生じます。嫌なことは子供は非常によく覚えているものです。小さな子供相手であったとしても、少しずつ歯の治療が怖くないことをわからせること、そして、来るたびに何か新しいことを我慢するように努力目標を立てることなどが必要となります。何の説明もなしにいきなり治療を行うのが一番よくないことです。これは子供だけでなく大人でも言えることですが。

今回のHちゃんの場合、いきなりの治療は無理だと判断しました。Hちゃんはとにかく診療台の上に乗り、仰向けに寝ることをできるように目標を立てました。その後、使用する器具を順番に見せ、触らせ、顔に触れさせ、口の中に入れさせというように慣れさせる。そして、タイミングを計って治療を行うようにしました。

通常は何度かこのようなことをやっているうちに子供慣れてくるものですが、Hちゃんの場合、ある関門がありました。それは、歯を削るタービンと呼ばれる切削器具を使用する時でした。あの“キィ〜ン”という高音を発する器具です。口の中に入れず目の前で見せるまではよかったのですが、フットスイッチを押していざタービンを動かすと、尋常でない怖がり方をするのです。
初診時には器具に慣れていないせいだろうと思っていたのですが、その後数回の来院時の治療でも一向に慣れません。タービンを口の中に入れさせるところまではうまくいくのですが、切削用バーをつけずにタービンを動かすだけでも怖がるのです。まだ、タービンを歯に接触させてもいません。仕方なく、僕は手用器具で丹念に辛抱強くむし歯の治療を行うようにしていったのですが、Hちゃんがどうしてタービンに慣れないかわからないでいました。
そんな中、何回かの治療が終わった際、Hちゃんのお母さんと話をしていると、あることを言われたのです。

「先生、この子は大きな音にすごく敏感な子でして、大きな音を出すものを受け付けないのですよ。風呂から上がった後、ヘアドライアーか髪の毛を乾かそうとしてもヘアドライアーの音を嫌がって受け付けてくれないのです。それでいつも自然乾燥させてしまうんです。」

なるほど。Hちゃんがタービンを極度に嫌がる理由がわかりました。Hちゃん本人や家族のことも尋ね、僕はなぞが解けたような気がしました。それは、Hちゃん自身、弱視傾向にあるという事実でした。そのため、同世代の子供に比べ音に敏感なことが想像できました。タービンのような高音を発する器具ではなお更で、異常に怖がってしまうのです。 これらのことは治療を行いながらもお母さんといろいろと話をしていて初めてわかったことであって、上面だけでは決してわからないことでした。

患者さんの治療を行うには患者さんとの密な意思疎通が欠かせませんが、今更ながらその大切さを実感したHちゃんの治療でした。



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