歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年10月10日(火) 死の四重奏

最初に断っておきますが、今日のタイトルは有名な音楽のタイトルではありません。似たようなタイトルの曲名にシューベルトが作曲した“死と乙女”という名の弦楽四重奏曲がありますが、これとは全く関係ありません。

僕が某総合病院の歯科口腔外科で勤務していた時の話です。総合病院では各科が他科からの紹介の患者さんを治療することが多々あります。例えば、内科から外科、婦人科から泌尿器科、耳鼻科から皮膚科という感じです。歯科に対しても他科から紹介の患者さんがあるものです。僕自身、某総合病院の歯科口腔外科勤務時代にも他科からの紹介患者を多数診たものです。

そんな紹介患者さんの一人に循環器内科からの紹介患者Fさんがいました。Fさんは循環器内科の外来患者でした。何でも入院中、入れ歯が壊れ、放置していたということで入れ歯の修理をしてほしいと希望され、循環器内科から紹介があったのです。

Fさんは杖をつきながら歯科口腔外科の外来診療室にやってきました。杖をつきながらではありましたが、問診ではしっかりとした受け応えをされていました。その受け応えとは裏腹に、循環器内科からの紹介状を見て僕はびっくりしました。

Fさんはかつて多発性脳梗塞を起こし、脳外科にて手術を受けられていました。手術は幸い成功し、歩行困難の後遺症は残ったもののリハビリを続け、杖をついて歩けるようにまで回復していたようです。ところが、僕の元を受診された年に狭心症、ならびに左下肢閉塞性動脈硬化症を併発し、心臓と左足に循環障害が出るようになったとのこと。このまま放置すると心臓は心筋梗塞を起しかねず、左足は切断の危機に至ったのです。そこで、Fさんは冠動脈と左大腿膝窩動脈バイパス手術を受けたのです。その後、症状は安定し、通院できるようになるくらい回復していたようです。以前に脳梗塞に罹り、更に心臓や足の手術を受けたのにも関わらず歯科口腔外科外来に通院できるというFさんの運の強さというべきか、生命力の強さというものに感心した歯医者そうさん。ところが、Fさんには依然として生命の危機が存在していることを実感せざるをえない記載を見つけたのです。

その訳は、Fさんについていた病名にありました。

糖尿病、高血圧、高脂血症

糖尿病に関してはインシュリン注射を常時打たないと血糖値が管理できないところまで悪化していました。実際は管理困難な状態でした。
高血圧に関しては、作用の異なる3種類の降圧剤を一日に何錠も服用しないと血圧の管理ができない。
高脂血症についても同様で薬物療法を受けておられていました。
しかも、Fさんは手術を受けたにも関わらず立派な体格をしていました。肥満体型だったのです。

いくつもの疫学調査から糖尿病、高血圧、高脂血症、そして、肥満を持っている人は死亡する確率が非常に高くなることが言われています。医療業界では、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満の4つの要因を合わせ死の四重奏と呼ぶことがあります。Fさんはこの死の四重奏を見事に体現した患者さんだったのです。Fさんが脳梗塞や狭心症などを次々に罹った背景には死の四重奏と呼ばれる病気があったからなのです。これら死の四重奏は別名、生活習慣病とも呼ばれています。長年続けてきた栄養の偏った食習慣、アルコールの飲みすぎ、運動不足、喫煙といった生活習慣が体に悪影響を及ぼしたのです。生活習慣病の恐ろしいところは本人の自覚がない間に病状がどんどん進行するところです。そのため、何か病状が現れた時には既に病状がかなり進んでいることが多いのです。
Fさんも、脳梗塞を引き起こした時点でその背景に死の四重奏である、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満をはっきりと自覚し、治療を開始したのですが、病状の管理はなかなか難しく、後に狭心症を引き起こす結果となったのです。

幸い、歯科口腔外科を受診された理由は入れ歯の修理でした。入れ歯の修理であれば、抜歯や歯石除去といった出血を伴う処置ではないので体に負担をかけるリスクが格段に低いもの。僕はその場でFさんの入れ歯を修理しました。Fさんは入れ歯の修理具合に満足されていたようで、これで普段の食事が不自由なくできるようになると満足の表情を浮かべながら歯科の診療室を後にされました。

あれから10年以上経過しますが、Fさんはどうされているのでしょうか?死の四重奏のリスクを負ったFさんが今もどこかで元気に暮らしていることを祈るのみです。


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