雨が降りしきる昨日、僕は朝から某県某所である歯科関係の講演会を受講してきました。講演会のテーマは歯周病の治療と経過を歯医者が如何に管理するかどうかについてでした。 今や国民の8割以上が罹患している歯周病ですが、歯周病の治療の長期経過症例について3人の歯周病治療の有名な先生が講演をされていたのです。
僕は個人的に長期の経過症例の研究が好きです。その訳は、一度行った治療を何年もかけて経過を観察することにより、当初予想もしなかったことがわかり、それに対しどのような処置を施せばいいか見えてくるからです。当初の自分の知識、経験をフルに生かして治療を行ったとしても、時間の経過によってその治療がどのような変化が起こるか?患者さんの口の中でうまく機能しているのか?それとも、何らかのトラブルになるのか?これらの背景にはどういった事情が関与しているのか?などなど、長期間経過を見ていくことが当初行った歯科治療にフィードバックされ、将来的に歯科治療の進歩につながるからです。今回の講演会で取りあげられていた長期経過観察症例はいずれも15年以上のものばかりでした。
3人の先生のよる講演はそれぞれ特色のあるもので、どれも興味深かったのですが、その中でも特に目をひいたものがありました。それは某講師による30年以上の経過をおった症例でした。
今から30年以上前、某歯科医院を受診したのは30歳前半の塾の講師でした。歯磨き時、何本かの歯肉から血が出るということで来院されたそうなのですが、詳細に調べてみると口全体に歯周病が進行していることがわかったそうです。そこで、徹底的に歯磨き指導を行なった上で口全体に溜まっていた歯石を除去したところ、歯磨き時の歯の出血のみならず、歯周病の進行も抑えることができたとか。それから、その患者さんは定期検診にも応じ、経過を観察し、写真や検査記録を残していったそうです。
治療直後は歯磨きの状態も安定し、歯周病も再発せず落ち着いていたそうですが、初診から10年後ぐらいに定期検診を受けた時、担当医は歯肉の異常に気が付いたそうです。それまで問題なかった歯肉の一部がやや腫れ、歯磨き時の出血が再発したのだとか。歯磨き指導を再度行ったそうですが、一向に症状は改善せず、頭を悩ましていたところ、1年後ぐらいに突如、歯肉の腫れや歯磨き時の出血が無くなったのだそうです。その時、患者に問診を取ってみると、どうも塾に非常に手を焼く問題児がいたのだそうで、その問題児が最近になって自主的に退塾したのだとか。塾の講師の患者さんにとってこの問題児のことが相当ストレスになり、歯磨きまで気がまわらなかったのではなかったのだったそうです。
それから、5年経過したところ、歯肉の状態は以前にも比べ安定したのだとか。何気なく担当医が塾のことを尋ねたところ、返って来た返事は
「塾を辞め、某会社で事務員として勤務しています。」
その後も定期的に歯科医院の定期検診を受けていた元塾講師の患者さんだったのですが、数年前から歯肉の状態が一変したそうです。それまで完璧ともいえる口の中の衛生管理にほころびが出てきたようで、歯肉のいたるところが腫れ、これまで無かったむし歯も何本か生じる始末。明らかに患者本人による口腔衛生管理がうまくいっていないことがわかったそうですが、本人に確認しても
「理由がわからない」
そんな中、担当医は偶然、近所のスーパーでその患者の奥さんに会う機会があり、尋ねてみたところ、元塾講師の患者さんはパーキンソン病が発症したそうで、仕事も辞めざるをえなくなり、自宅で療養することが多くなったのだとか。それでも、歯医者だけは定期検診に行くと言っていたそうで、担当医は思わず目頭が熱くなったそうです。
担当医も何とか元塾講師の口の中の状態を改善しようと、患者が来院されるごとに治療に工夫を加えたり、往診も行うようにもなったそうですが、結果的にほとんどの歯が無くなり、現在総義歯をはめざるをえなくなったそうなのです。
このような症例は示唆に富んだことがいくつもあると思いますが、歯の健康はいくら頭でわかっていてもストレスや全身の健康状態によって左右されるものであり、自己管理できないといくら歯医者が頑張っても歯の健康を維持することができない。歯医者はあくまでも患者が歯の健康が大切であることを気付かせ、自己管理できるようお手伝いすることしかできないのではないかということを問いかけていたように思います。
上記のことは僕自身の拙い経験でも何となく気が付いていたことではありますが、30年以上同じ患者さんの経過を追った症例報告は実に説得力があるもので、僕自身いろいろと考えさせられた講演でした。
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