最近、テレビのコマーシャルを見ていると”カリオロジー”という言葉を時々耳にするようになりました。某歯磨き粉メーカーのコマーシャルでよく取り上げられていたと思います。おそらく歯科業界以外の方にとって、これまであまり耳にしたことがないカリオロジーだと思いますが、カリオロジーとは一体何のことなのでしょう。
カリオロジーとは英語でcariologyと書きます。CariologyのCarioとはむし歯を意味する言葉であり、logyとは学問を意味する接尾語です。ということで、Cariologyとはむし歯を研究する学問ということになります。専門的にはう蝕学とでも言うべきなのでしょうが、歯科業界においてはカリオロジーと呼んでいる人がほとんどです。
すなわち、カリオロジーとは、むし歯のことを専門に扱った学問です。むし歯について解剖学的、生理学的、生化学的、微生物学的、歯科材料学的といった基礎分野の研究から実際の修復処置という治療手技、そして、予防や公衆衛生といった分野に至るまで幅広く研究する学問なのです。
実はカリオロジーは古くから体系づけられた学問ではありません。歯科界ではここ20年余りの間に注目されてきた考え方です。口の中の二大疾患の一つであるむし歯について扱ってきた学問が歴史が浅いことに驚かれる方も多いかもしれません。もちろん、むし歯については様々な歯科の研究者が研究を行ってきたのですが、解剖学者や生理学者、生化学学者、微生物学者、歯科材料学者といった基礎研究の学者から実際の治療を行なう臨床学者、予防や公衆衛生を扱う衛生学者といったそれぞれの専門分野においてむし歯が研究されてきたのです。少なくとも、むし歯という一つの病気に着目して体系づけた学問ではなかったのです。
僕の某歯科大学学生時代、カリオロジー教室、カリオロジー講座と名のつく教室、講座はありませんでしたし、カリオロジーそのものの授業もありませんでした。
同じ二大疾患の歯周病とは随分と異なります。歯周病について歯周病を専門に扱う歯周病学や歯周病学を専門に研究する歯周病研究室があったものですが、カリオロジーに関してはありません。これは僕の母校である某歯科大学のみならず、他の歯科大学、大学歯学部でも同じことが言えているのではないかと思います。
カリオロジーが体系づけられ、その研究を元にむし歯の数を減らし予防が実践できているのがスウェーデンをはじめとした北欧の国々です。これらの北欧の国々は一昔前は日本よりもはるかにひどくむし歯ば蔓延していたのですが、カリオロジーの発展により今や社会全体でむし歯で苦しむ人の割合が激減しています。
どうして日本においてカリオロジーという考えがなかなか浸透しないのでしょう?理由は僕にもわかりませんが、これまでの歯科の学問体系がアメリカから導入さ、根付いていることが大きな理由の一つではないかと考えています。アメリカでは、歯科の分野においてカリオロジーという考え方はなく、先ほど書いたようなそれぞれの既存の講座の専門化がそれぞれ独自に研究してきた経緯があります。現在の日本の歯科教育、研究のスタイルは、第二次世界大戦後ほとんどすべてをアメリカから導入され、定着したわけですから、カリオロジーが日本になかったのはアメリカによる影響が大であったといっても過言ではないと思います。
今のカリオロジーの大きな特徴の一つは、治療一辺倒だったむし歯治療に対し、なるべく歯を削らす歯を残し、予防を重視しようということです。もちろん、一度むし歯になった歯は削って完全に除去しないといけないことは変わりませんが、これまではどうしても多く歯を削りすぎる嫌いがありました。これはむし歯が見た目以上に進行しており、予防的に歯を削ることがむし歯の再発を防止するという考えがあったからです。ところが、その後のカリオロジーの研究では、予防をしっかりとすれば最低限むし歯の部分だけを取り除き、なるべく歯を残す方が歯が長持ちするということが明らかにされてきたのです。
北欧でむし歯の数が激減した経緯を見ると、カリオロジーという学問は非常に有意義なものであることは間違いありません。現在、日本でもカリオロジーに注目し、研究、臨床応用している歯医者が何人も出てきました。日本の歯科大学、大学歯学部においてもっとカリオロジーが専門的に扱われてもいいと思いますし、これまでの既存の学問体系を見直す良い機会ではないかと思います。歯の病気に対する予防が口やかましく言われ始めた背景の一つには、カリオロジーの考えが元になっていると言っていいでしょう。
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