My life as a cat
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2020年12月18日(金) 神様、もう一つだけミラクルを

願っていた奇跡が起きた。

リュカの職場から一緒に帰宅する途中、留守電を聞いたリュカが声をあげた。

「あの家!!!購入するって言ったカップルが結局キャンセルしたって!!僕達の物になるかも!!」

わたし達が家を探し始めて一番最初に内見して、一目惚れして、すぐに購入すると申し出たのに既に先約があったすぐ隣の家だった。一目惚れしただけに購入を断られたことは、一目惚れした男性から付き合おうと言われ、舞い上がってるところで、フラれたような気持ちだった。しかも隣人で毎日嫌でも眼中に入ってしまう存在で。その家の前を通る度に、あぁこんなに近くにいるのにわたしの物にはならないんだ、と落胆した。あぁ、奇跡が起きて、そのカップルがキャンセルしないかなぁ、と願った。しかし立ち止まってもいられない。不動産屋に着いて他の物件を見に出かけたが、見れば見るほどやっぱりあの家がよかったとがっかりした。

「ほらバーもBBQもあるから友達呼んでプールサイドでカクテルパーティーなんかできていいでしょ!(酒も飲まないし、BBQもしないし、パーティーも興味ないんだけどなぁ))」

「この大きな庭で果物の木を沢山植えるのもいいしね(こんな大きな庭自力ではとても手入れできないわ)」

「ゲストルームとしてスペアの寝室があるといいよ(ゲストなんてそう滅多に来ませんよ)」

不動産屋はわたし達の希望を理解してるのかしてないのか、求めてもいないものばかり出してくる。ただ一つ解ったことは、この辺りでは一軒家(Maison)とはそういうものが一般的のようなのだ。わたし達が求める"地面に立った小さなアパルトマンの一室のような一軒家"を見つけるのは難しいということ。

「大金払って不要な物がいっぱい付いてくる家に住む以外ないのかねぇ」

溜息をついていたところに奇跡が起きたのだった。でもなぜキャンセルされたのか?何か致命的な欠陥でもあったのか?聞いてみたら、彼らはもっと職場に近い町に住みたかったが、予算の関係で妥協して、一度はこの家を購入することに決めたのだが、やっぱり職場に遠すぎると思い直したとのことだった。

翌朝すぐに不動産屋へ行き、購入の意思を表明する書類にサインした。まだ第一歩を踏み出しただけで、本当に入居するまでどうなってしまうのか判らないが、全て順調に行けば来春には入居できそうだ。

リュカと手を取り合って喜んだのも束の間、夕飯時、リュカがふと箸を置いて、悲痛な面持ちで話しはじめた。

「こんな時にこんな話をするのは辛いんだけどね・・・。アナの状態がいよいよ悪くなって、もう治療はせず痛みを緩和するケアだけになったって」

心臓がばくばくと音を立てた。アナはこちらへ来て初めて仲良くなった人だった。すぐに引っ越していってしまったが、たまにこちらへ戻ってきては一緒に食事をしたりした。記憶の中のアナは、いつも美味しそうに何かを頬張っていて、音楽がかかればちょっと太めの体を揺さぶりながら楽しそうに踊った。それがたった3年の間にみるみる癌に蝕まれて、25kg体重が落ちて末期の状態にまでなってしまうとは誰が想像しただろうか。50歳そこそこ、こんなになるには若すぎる。アナの旦那さんはリュカの同僚だった。ピンピンして逞しく働いて、70歳でやっとリタイアして、自分よりずっと若い3番目の奥さんであるアナと余生をプロヴァンスの家でのんびり過ごすつもりで引っ越していったのだった。口数は少ないが、心の優しさが外ににじみ出ていて、アナと同様彼のことも大好きだった。彼は2番目の奥さんも病気で亡くしているのだった。

「そんなのフェアじゃない・・・。」

呟きながらリュカと涙ぐんだ。アナとわたしよりもっと多くの時間を共有してきたナタリアは、先日彼らを訪ねていって、アナの変わり果てた姿に胸を痛めてすっかり具合が悪くなってしまった。

神様、もう一つだけミラクルを!

わたしに他に何ができよう。アナのためにただただ願った。


Michelina |MAIL