My life as a cat
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2020年04月08日(水) マイ・エンディングノート

毎日沢山の人がウィルスにおかされてこの世を去ってく。人生の最後に、隔離された状態で、家族の手も握れず、去っていくのだろうか。そんなことを想像すると切ない気持ちになる。しかし、そんな風に死んでいく人のほうが多いのかもしれない。いつ、どこで、どんな風に最後を迎えるかはわからない。半年前に書いた遺言の手紙を見直した。「遺書」、「遺言書」、というと堅苦しいとか、暗いイメージがつきまとうらしいので、「エンディングノート」と呼ぼう。法的効力など持たない一枚の便箋に書いたたった数行のメッセージ。

わたしの遺灰はマントンの海、西オーストラリアのCOMOのスワンリバー、アルバニーの南極海、千葉の勝浦の海に撒いてください

猫の面倒を見てください

フランス語の絵日記は夫のリュカに捧げます

今までありがとう
幸せでいてください



封筒に入れて黒い漆塗りの文箱に入れてある。この文箱には人生の中の小さな宝物が詰められてる。どこかへ避難する時にはこの箱とクロちゃんを抱えて逃げると決めてる。リュカには

「生きてるうちは絶対開けてはいけない。開けていいのはわたしが死んだ時だけ」

と言ってある。

「もし君が生きてるうちに開けたらどうなるの?」

「あなた死ぬよ(これは本当である。見たらひっくり返っちゃうようなリュカの知らないわたしの人生が詰まってる)」

「恐い!僕絶対開けないよ」

クロちゃんは、わたしがシャワーを浴びてる間、バスルームのドアのすぐ裏の棚に置かれてるこの箱の上に座って待ってる。一度脚を滑らせて、落として箱の隅を割った。

遺灰は海なんかに撒くのはあまりよくないとも聞くが、リュカはそういうことはちゃんと調べてからやる人だから、駄目といったら塩一振りくらいにしとくんだろう。わたしは自分の愛した海に還りたい。そしてリュカにも旅してその海を見て欲しい。そういう思いを込めた。フランス語の絵日記は、リュカが欲しいというので彼にあげることになってる。そして最後にありがとうというお礼を言えるかわからないから、それも書いといた。書き終えた時には完璧のように思えたが、母とLINE通話しててふと思う。この手紙を見るのはリュカと想定してるけど、そうじゃなかったらどうなるんだ。。。

「あんまり変なこと書き残されても困るんですけど!」

母はいつでも根拠なくわたしより長生きする前提で話す。しかし確かに恐くて飛行機に乗れない母の手に渡った日には、迷惑極まりないな。

「お年寄りなんかはコロナにかかると危ないからね」

「他人事みたいに言ってるけど、自分もお年寄りだからね」

「あっ!そうだった!」

母と話してたら段々不安になってきた。このエンディングノート、母の手に渡る可能性も考えて書き直すべきか?妹なら問題ない。父だったら。。。最悪も最悪。猫も手紙も捨てられそうだ。


Michelina |MAIL