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仕事を辞めた。楽しかったけど、後から違う条件をつきつけられて、のめるものではなかったので辞めてしまった。仕事をはじめたことも辞めたこともすぐに村中の知るところとなったが(苦笑)、誰もそのことには触れない。ただクリスティーヌが一緒に憤慨してくれて、ドミニクは静かに話を聞いてくれた。フランスでの初仕事がこんな結末だなんて先行きが不安で、辞めた日は心がどんよりと曇っていたのだが、結局それでよかったみたい。クリスティーヌが庭のデッドスペースを貸してくれるというんで、こつこつ耕して、野菜を育てたり、リュカともあちこちにでかけて春を満喫している。
生粋のジェノヴェーゼのドミニクが、ジェノヴァを訪れたならまず食べるべきものはパンソッティ(Pansoti)だと言う。彼は週末は家族と過ごすためにジェノヴァへ帰る。いつでも遊びにおいでよ、家にも泊めてあげられるし、とオファーしてくれているが、クロエちゃんもいるし、やっぱりそう簡単に泊まりがけでは出かけられない。ジェノヴァへ遊びにいくのもいつになることやら。だから作り方を聞いて作ってみた。野山を歩いて野草を摘んできた。野草だけだと苦いから、買ってきたほうれんそう、自家栽培の春菊と混ぜる。少しだけ白ワインを入れてパスタを練って、湯通しして刻んだ青菜とリコッタ・チーズを混ぜたフィリングを包む。ソースはスペルト小麦のミルク(本来は牛乳)に浸したパンとにんにくをとんとんと包丁でたたいて、オリーブ・オイル、パルミジャーノ、胡桃と混ぜる。野山を歩きまわっておなかもぺこぺこで、やっとありつくパンソッティは格別。この辺りの家庭ならいつも常備しているようなもので作れる庶民の一皿なのだろう。それだけに馴染みやすい。それにしても春菊を入れたのは正解だった。
ドミニクの案内でイタリア、リグーリア州のドルチェ・アクア(Dolceacqua・・・甘い水、なんて甘美な響きなんだろう)を訪れる。小さな村ながらもそれなりに観光客で賑わっている。ボンゴレが名物だというレストランでランチにする。リュカは貝がダメなので別のものを。わたしとドミニクはボンゴレにする。英語を話す若いウェイターの男の子がまっすぐわたしに向かってきて、"スプーン要りますか?"と聞く。日本人の観光客も来るのね、きっと。本場ではスプーンを使って食べる人を見たことないけど、わたしは絶対スプーンがあったほうが食べやすいと思う。肝心のボンゴレは残念ながら自分で作ったほうが美味しいなと思った。ドミニクもあさりの磯臭さがなくていまいち良くないという評価だった。食べながら聞いたドミニクの妹の話が面白かった。野菜を食べず、加工された肉やパンなど適当に食べて生きてきた彼女が、子供の誕生を機にすっかり変わってしまったという話。今ではほぼヴェーガンで子供にも可能な限り動物性食品を与えないのだそうだ。クリスマスに彼女の家に行き、パルミジャーノと思ってパスタにかけた粉がなんだかおかしい。よく見るとそれはアーモンド・プードルだった。
「ドミニク、子供達に何か食べさせておいて」
と頼まれたのでパスタを茹でて市販のバジルペーストを混ぜて食べさせた。3人の男の子達はがつがつ食べている。そこへ妹が飛んできて、自分の2人の息子にストップをかける。
「こんなにたっぷりバジルペーストを混ぜて、オイル過剰よ!子供達、ストップ!そこでおしまいよ」
ドミニクの息子だけが気まずい沈黙の中パスタを食べ続ける。ある日、子供達のために茹でたパスタに大方のイタリア人がもう殆ど癖でやるようにパルミジャーノをふりかけた。また妹が飛んでくる。
「ちょっと!うちの息子達にパルミジャーノを食べることを義務付けないでちょうだい!」
その夜、お母さんからの電話でとどめをさされる。
「あなた、もう少しちゃんとやらないとダメよ」
気の毒なドミニク。フランス側ではシングル・ライフを静かに過ごしているが、イタリアに帰るや否や家の女達に滅多打ちされているらしい。女好きといわれるイタリア男の口からこんなセリフがこぼれる。
「女はこりごり」
息子だけが癒しだということだ。