My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2019年05月19日(日) フランスじゃない、日本じゃない、”自分”なんだ

知人が主催する野生の植物の見学ツアーに参加した。近所のハイキング・トラックを歩きながら説明を受ける。サラダとして食べられるとか、お茶にするとか、薬としての効用、似た植物との見分け方など詳しく説明してくれる。遠目にはただの雑草のように見えてもよく見るとそれはアスパラガスだったり、ブロッコリだったり、にんじんだったりして、栽培されているようなのとは全く違ったひょろりとスリムな見た目でも、口に入れて噛んでみるとちゃんとその味がすることにいちいち感嘆する。途中川べりで休憩。主催者が用意してきてきれた野草のお茶とアカシアの花が入ったベニエ(ドーナッツのようなもの)をいただく。この辺りでは藤の花なんかもベニエにして食べられているし、すみれなんかも砂糖漬けにされたりする。花はきれいだが味はない。主催者のアシスタントなのか彼氏なのか、熊みたいな大らかな見た目の男性が、昼も近付いてきてお腹が空いたのか、アカシアの木の下でムシャムシャと花びらを口いっぱいに頬張っていた。こんなさっぱりした軽い花びらじゃどんなに食べてもお腹を満たせそうにない。

午後、パリ在住のアメリカ人の大学生からSkypeでインタビューを受ける。彼女はフランスに移民した日本人について研究をしているらしい。移住する前のイメージと移住後のギャップ、文化の違いで苦労すること、フランスの良いところ、悪いところ、日本との違い、暮らしへの満足度など30分に渡りあれこれ質問される。思いつくままに答える。答えていくうちに気付く。20歳そこそこの女の子が美食、ファッション、芸術、ロマンスと素敵なイメージばかり持ってフランスへやって来て、そのイメージとのギャップにショックを受けて精神を病んでしまうなんていうのは解る。しかし、わたしくらいの年になってしまうとすっかり自我が固まっていて、フランスだから、日本だから、だから幸せだとか、だから不幸だなんていうのはない。自分の眼前に広がる世界をクリエイトするのは"自分"でしかない。自分がしっかりやっていることこそが大事といういかにも日本的な性質は変わらない。しかしそれを持って移民した先がどこの国であれ、わたしの回答は同じものになったのではないか。わたしの回答は参考になったのかどうか。リュカが背後で聞き耳を立てている気配をひしひしと感じたので、

「何はともあれ、優しい夫が支えてくれるということでフランスの生活でのあらゆる困難を乗り越えられているのです」

と答えておいた。

(写真:摘んできた野花。手をかけられて栽培された花も綺麗だが、こんな風に自生して逞しく生きる小さな花々により心惹かれる)


Michelina |MAIL