My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2018年01月18日(木) フランスで歯医者にかかる

歯のブリッジが落ちた。歯間ブラシを使ってから歯磨きをするようになった20代後半以降は一本も虫歯など出来ていない。定期的に破損するのは20歳そこそこで歯医者に言われるがままに大枚はたいて入れた白の奥歯のブリッジ(もっと慎重に検討すべきだった、と少し後悔している)と子供の頃転んでほんのちょっと欠けてしまった前歯の端っこにくつけたセメント。「歯は命」。転んで欠いた前歯は仕方ないとして、人生が80年だとしたら20代で歯の治療なんてよくよく考えればとんでもないことだ。今できるのは残った健康な歯を大事にするのみだが。

さて、歯医者といってもどこへ行ったらいいのか。虫歯が一本もなくクリーニング以外の用事で歯医者にかかったことがないリュカは良い歯医者など知らない。患者さん達から情報を集めてきてくれると言うのでお願いした。そもそもカチカチのバゲットを好むここの人々は歯が丈夫で義歯でこんな固いものを食べるなんて想像できなかったが、リュカに言わせるとまったくそんなことはなくて、みんな義歯を折ってでも固いバゲットを食べ続けるんだそうだ。こちらは″〇〇歯科がいい″とかそういう言い方はしない。クリニックの前にはドクターやセラピストの個人名のプレートが明示されていて、個人を訪ねる恰好なので″Dr.〇〇がいい″と個人名を挙げる。ある人は近所の"Dr.Xがいい″と言うが、ある人は″Dr.X? あぁ、あのブッシェリー(肉屋)のことね″などと恐ろしいことを言う。

「今日聞いた患者さんの情報ではDr.Yがいいとのことだよ。この患者さんはね、アル中で歯が全部溶けちゃったの。全部インプラントにしないとダメだって言われたらしいけど、何せお金は全部アルコールに費やしちゃったからそれは無理だっていって、結局お金が出来次第一本ずつゆっくり入れてもらってるんだって」

「今日聞いた患者さんの情報ではDr.Zがいいとのことだよ。この患者さんはね呼吸困難で酸素の管を鼻に繋いでるんだけど、ヘビースモーカーで歯のクリーニングに行くとすごく綺麗になるとか」

・・・・・。まったくいいのか悪いのか解らない情報ばかりであった。ニース、マントン、場所もあれこれあったが、結局3人から名前があがった″Madame Galliano″が最有力候補となった。まぁ、そんなに難しい治療をするわけではないからいいかっ、と電話をかけた。彼女は予約でいっぱいだが息子のDr.Locheなら明日あいてるとのこと。じゃぁ、それで、と予約してしまった。

翌日、やってきたのはまさにイタリアとの国境に接するぎりぎりフランスにあるクリニック。中に入るとイタリア語とフランス語が飛び交っている。待合室に座って読書に熱中していると突然白衣を着た男が目の前に現れた。顔を上げるとそこにはめまいのするような若い長身のイケメンが立っていた。

「さぁ、わたしのオフィスへどうぞ」

こんなイケメンに口の中見られるなんて嫌だなぁ、と思いながらしぶしぶ着いていく。歯科医というのはどうしてそろいもそろってみんなイケメンなのだろう。それに雰囲気が良くて優しそうな人ばかり。日本でもいつもそうだった。白衣がそう見せるのか。いや、白衣だけなら歯科医以外だって身に着けている。いや、わたしが心に余裕を持ってのぞめるのは歯科だけだから、そんなことまで気が回ってしまうのだろう。眼前に地中海を臨む個人オフィスへ案内される。ここには治療台と流し台、彼のデスクがある。

「わたしのデスクに持ち物など置いてください。さて、今日はどうしました?」

インプラント先進国のフランスではもうブリッジなどは古い技術だと聞いていたので、恐る恐る取れたブリッジを差し出した。しかし、Dr.Locheはそれを一瞥すると、鼻歌を歌いながら、グルを付けて

はい、ぺこっ

っと一瞬でひっつけてしまったのだった。

「どうですか?」

「ちょっと高い気が」

「あぁ、そう。じゃー」

と言いながら表面を削る。日本の歯科では高いといえばもう一度取り外して何やら細工していたが、彼は高いといえば表面を削っていくのだった。助手のような人はいなくて彼ひとりで全てやる。まだ高い気はしたが、歯医者に行った当日に違和感がないということはほぼないので、様子をみようと引き下がった。これで終わり。

「保険はあるよね?」

「加入はしてますけど、わたしの保険ではこの治療はカバーされないようです」

「え?本当?」

と保険証書を覗き込む。

「あぁ、大丈夫。カバーされますよ。ここに書かれてるこの治療がこれです。もし保険会社がカバーしないというなら連絡してください。わたしから保険会社に話しましょう」

と名刺をくれる。とても親切なのであった。ちょっと身構えていたフランス歯科体験は受付から会計まであっけなく30分で終わった。母親の姓はイタリアで彼の性はフランスというところをみると、おそらく彼はフランス人の父の姓を取ったのだろう。そんなことを勝手に想像しながら地中海沿いを歩いて町に戻った。


Michelina |MAIL