My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2018年01月05日(金) 王様の思し召し

「あのね、ひとつお願いがあるんだけど」

朝食時に重々しい(と感じた)口調でリュカが口を開く。心臓が少し波打つ。

「何?」

「今日は1月5日でしょ」

「で?」

「買い物に出かけることがあれば、ガレット・デ・ロワ(galette des rois)を買ってきて欲しいんだ」

なぁんだ、そんなことか。しかし、リュカがわたしに食べ物のことで何か言ったのは初めてだ。これは相当食べたいんだろう、と踏んだ。わたしも本場のものを食べてみたかったので、いいアイデアではないか。

「フランジパーヌのじゃなくて、ブリオッシュのやつね」

うぅ、そうきたか。ジョエル・ロブションのブティックとかフランス菓子の本ではガレット・デ・ロワといえばパイみたいなフランジパーヌのほうが主流。だが、これは北のほうので、南のほう、とりわけプロヴァンス周辺ではブリオッシュ生地に色とりどりのジェリーとポップ・シュガー乗ってるのが主流。北のほうのが食べてみたかったのだが、指定されてしまったので仕方ない。当人は何やらショコラ・パウダーのようなものを嬉しそうに戸棚から出してきて、満足気に眺め、また丁重に元のところにしまって仕事に出かけた。

ブーランジェリーに買いに走る。ほどよいサイズのものがない。ランチに帰宅した当人に相談する。意向を聞いて、午後にまた買いに走る。指定されたブーランジェリーには最後の1個やたら大きいのが残っているだけだった。どうしよう。でもここは何か手に入れて帰らなければ。金曜の夕方、1週間の仕事を終えてガレット・デ・ロワを楽しみに帰宅したら何もなかった、なんてひどいではないか。もうひとつのブーランジェリーへ行ってみた。あった。これだ、これにしよう。ミッションを遂行し、ほっと一息ついた。

ショコラ・パウダーみたいなのも見かけたし、と夕飯は小さく作って終わらせた。食後おもむろにリュカが立ち上がり、戸棚から例のパウダーを取り出し、わたしのホーロー鍋を貸せという。そこにミルクを注ぎ入れ、泡だて器でぐるぐるやりながらショコラ・パウダーのようなものを振り入れて一見ショコラ・ショのようなものを作った。が、これはちょっとそれとは違う。コーン・スターチか何かでとろみをつけたようにドロッとしていてそう甘くない。

"Bon appétit"

という掛け声と共にふたりでがさがさと好き勝手にナイフを入れて頬張る。どうもこのブリオッシュをこのショコラ・ショ風のドロドロに浸して食べるらしいのだ。一般的かどうかは知らないが、リュカの実家ではみんなそうするとのこと。真似してみたら、悪くない。

いつか父が母にこう言ったのを思い出した。

「しめ鯖買ってきてくれ」

日頃食事のことに口を出さない人間の口からでるこういう言葉は妙に強く響いてくるものだ。今でもしめ鯖を見るとこの時の父の声が蘇る。しかししめ鯖が大人の男の渇望らしいのに対して、ガレット・デ・ロワって・・・。チョコのディップをたっぷり浸して嬉々として頬張るリュカを見て、この瞬間ほど彼を異邦人と感じたことはなかった。

後でドロドロの素のパッケージを見て、コーンスターチが混ざったただのココアパウダーだと知る。日本でいう葛湯ってところか。これを思いっきり濃く仕上げてディップできるようにしただけだった。

満足した王様がソファでゆったり休んでいるころ、キッチンでは小人がひとり、ホーロー鍋の底にこびりついた焦げを必死で落としていましたとさっ。


Michelina |MAIL