My life as a cat
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2017年10月26日(木) 犬に吠えられる

絶対フランス語を自由に操れるようになってみせる。

こちらに来てから大して言葉もできないのに、生活に慣れてから、なんてのんびりしてたわたしを学習に駆り立てたのは一匹の犬だった。

望ましくないことに階下にハンター達が集う納屋がある。迷彩服を着てうろつく男達は顔を合わせれば、

"Bonjour"

といかにも礼儀正しく挨拶するが、やってることは乱暴だ。

買い物帰りに家への坂道を登っていたら、上のほうから排水溝へ向かって赤い液体が流れてくる。近隣の犬が一斉に鳴きわめいて騒々しい。その出所を見上げると毛の生えた動物が積まれている。ハントしてきた動物を解体し、血を洗い流しているのだった。近隣住民は決して好ましく思っていないというのに、どういうわけか役所はこれを見て見ぬふりしている。彼らの間に何かあるのだろうか。新参者のわたしがこの町のしくみを理解するまでには時間がかかるだろう。

彼らの納屋は昼間開け放たれている。通りすがりに目にする皮を剥がれて吊るされた肉やいくつもぶら下がるキツネのしっぽ。お店の精肉コーナーでも吐き気を催すのにこの光景は拷問だ。

ここ数日のこと。彼らがハントに連れていく犬が夜中納屋に繋がれたまま置き去りにされて、ストレスと不安に満ちた声で鳴いている。酷い時は翌朝になっても誰も来ず、朝から鳴いていたりする。夜はとても冷え込むし、窓もなく日中でさえ陽の入らない納屋はいくら寒さに強い犬だって辛いことだろう。それにひとりで暗闇に放置される心細さ。食べもしないのにキツネ狩りを楽しむ人々だ。犬の感情に感心を示すとは思えない。しかし犬を飼ったことがある人なら知っているだろう。彼らがどれだけ人間が好きで忠実かを。納屋の外からトントンと戸を叩いて話しかけると鳴き止む。しかし、立ち去るとまた鳴き始める。水はあるのか。食べる物はあるのか。わたしは助けてあげられないのだろうか。日本の女がつたないフランス語で注意しにいく?笑われるだけだろう。

「愛犬のうんちを置き去りにするのはやめてください」

という匿名で個人が勝手に作って町の掲示板に貼ってあったのを思い出す。そうだ、匿名で手紙を書こう。そして彼らの納屋にそっと挿しこんでおこう。犬が可哀そうだなんていう個人の感覚的なことでは何も聞き入れてくれないだろう。こうしよう。

「犬が夜通し鳴き続けて眠れません。夜は冷え込みますし、窓のない納屋で人の気配もなくストレスとなっているのではないでしょうか。できることならば暖かいあなたの家に連れ帰っていただけませんでしょうか」

丁重に、フランス語で・・・、と考えて、カッと屈辱と怒りがこみ上げてきた。自分で書けもしない手紙の構想を練っているなんて!吠えるしかない犬と同レベルの弱い存在の自分。助けようだなんておこがましい。その国の言葉が自由に操れない、ということがどれだけ弱みとなってしまうかは、オーストラリアで思い知っていた。ホストファザーに触られたのに、文句を言えず泣き寝入りしてるとか、法律で定められた最低限の時給すらもらえないのに、そういう違法なところで働くしかないとか、そんな人たちをわんさか見た。手紙はリュカが書いてくれると言う。今はお願いするしかない。自分の言葉で語れないのがすごく悔しかった。フランス語ができるようになったら原文で読みたい本も沢山ある。英語で済んでしまうことも多々ある。でもそれに甘んじていてはいけないんだ。あの犬はもしかしたらわたしに向かって"しっかりやれ"と吠えていたのだろうか。

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後日談

これを書いてからこの町で12年商売をしているイギリス人女性と食事をした。外国人がこの国で商売することがどれだけ骨の折れることか。彼女は悪夢のような役所や客や取引先の人間と日々逞しく闘っている。

彼女なら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。この件について聞いてみた。

「役所は彼ら(ハンター)に(通りで動物を解体することについて)何度も注意してるけど、全く聞き入れないのよ。そして役所は注意するだけでそれ以上の措置はとらない。

以前明らかに虐待されてる犬を見て、動物保護団体に通報したら、一切行動してくれなかったわ。頭にきたので自分で直接注意しに行ったわ。飼い主はびっくりしてそれ以来犬は目に見えて回復した。

何度か犬のうんちを放置する飼い主を見かけて注意したことがあるわ。素直に謝って持ち帰る人もいれば、"外国人はとっとと国に帰れ!"と怒鳴る人もいる。そうね、やっぱり匿名で手紙を書くのが得策だと思うわ」

とのことだった。


Michelina |MAIL