My life as a cat
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2017年02月16日(木) Passion Simple

Annie Ernaux(アニー・エルノー)著"Passion Simple(邦題:「シンプルな情熱」" を読んだ。「悪童日記」で惚れこんでしまった堀茂樹さんの訳書ということで手に取ったのだが、これも期待を裏切らない良作だった。

「昨年の9月以降、私は、ある男性を待つこと ― 彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外、何ひとつしなくなった」

というはじまりの言葉がこの話の全てだった。電話してくること、会いに来ること以上の何も求めず、若くて野心のあるその既婚の男の気まぐれがめぐるその一瞬のために全ての時間が存在する。しかしこれは苦しい不倫の物語ではない。読んだ後に清々しさすら感じるのは、無邪気ともいえるほどそこにはシンプルな情熱以外の一切の打算も未来への期待もないからだろう。勉強して、就職して、結婚して、出産して、離婚して、社会の中で揉まれあらゆる経験を積んだ大人の女が突然このような状態に陥ってしまう。どうしたことなのだろう、とも思ったが、よくよく考えればそんな大人の女だからこそこんな贅沢な時間の使い方が出来るのだ。それはまるでヴァカンスのようだ。生活の一切のことに無頓着でいられるならば、わたしだって何の打算も期待もかけずひとりの男を待つことだけに時間を費やしてみたいものだと思う。

これは小説ではなく、著者の告白だ。男が自分の国へ去った後、その関係の始まりから終わりまでを坦々と綴ったものだ。ふたりのことではなく、著者側からだけの一方的な体験の話だ。フランスのガリマール社から上梓されるやいなや絶賛と批判の声を浴びた。絶賛したのはもっぱら女性で批判したのは男性だったそうだ。自分と過ごす一瞬のためだけに生きる女を無邪気に振り回すほどの度胸は大抵の男には備わっていないのだろう。言い換えれば世の大抵の男は気が優しいのだろう。


Michelina |MAIL