My life as a cat
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2013年01月23日(水) 平和を考える

固唾を呑んで見守っていたアルジェリアの人質事件は30人以上もの死者を出して鎮圧された。まだ事件の全貌がはっきりしないところはあるにせよ、報復であるということには変わりないのだろう。標的となったのは、勤勉に働く善良な市民だったのだろう技術派遣員達だった。テレビに映るテロリストを、夕飯を口に運びながら眺める先進国のわたし達。恨み骨髄に徹して生きる人生など面白いのだろうか、武器など捨てて、もっと楽して笑って生きていくことができないのだろうか、と溜息がでてしまう。中東やアフリカなどは民族間の諍いとか、領土問題とか、宗教のこととか、あらゆる問題が複雑に絡み合って起こる摩擦による抗争が耐えない。イスラム圏を旅行してきた友人が、本屋で売っていた子供向けの絵本を写真に撮ってきてみせてくれたことがあった。それは一見動物などがでてくる普通の絵本で英語で書かれていたが、その文章を読むと、明らかに子供に他の宗教が邪悪だということを叩き込むような内容だった。たった一冊の本じゃないかという人もいるだろうけれど、わたしにはこんな教育があらゆる抗争に至る過程での一つの材料になっているのではないかと考えると合点がいくように思えた。

こんな大変なニュースがあっても、この国では、ニュース番組でさえ、どこかから持ってきたグルメな食べ物をスタジオで食べて、うまいのまずいの言ってる時間のほうが長い。うんざりしてしまうが、裏を返せば、人々が政治に無関心で生きていけるような国に生まれたことに感謝するべきである、とも思う。政情の不安定な国では、5歳の子供にマイクを向けても、一端な政治思想を語るのである。こんな小さな子供がただ鼻を垂らして、お歌をうたっていては生きられないことに泣けてくる。

"Black Hawk Down"というアメリカ映画があった。1993年にソマリアのモガディシュで起きたゲリラと多国籍軍の戦闘を描いたもので、ほぼ最初から最後まで戦闘シーンの映画だった。多国籍軍とはアメリカ軍であり、その映画の中の若い兵士達は正義のために戦うと息巻いていた。しかし、結果として、多くのゲリラのメンバーを倒したのと同時に、多くのアメリカ兵もまた命を落としたのである。本当にこの若きコマを動かす人々はゲリラをただ撃ち殺していけばいつか平和になると信じているのだろうか。この映画の中でゲリラのひとりが言った。
「俺達を殺したって平和にはならない。誰かが必ず報復する。俺達はこの戦争をやめることはない。勝つまでやるんだ」

つい先日、兵役に就いてタリバンを撃ち殺したヘンリー王子を「英雄」などと報道しいているの見て、気持ち悪さに襲われた。本当に平和を願っている人は相手を撃ち殺すことで平和に一歩近付いたなどと思わないだろう。じゃぁ、どうすれば?と言われたら、答えに窮するのだが、暴力に暴力で立ち向かうことが根本的な解決に繋がりそうもないということだけは確かでしょう?


Michelina |MAIL