My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2004年12月14日(火) 迷い犬

数日前、日本の妹からメールには小型室内犬を保護したらどうも調子が悪いので獣医に見せると病気にかかっているようだなどということが書いてあった。しかももう老犬らしい。空き地や人目につかない土地の多い実家の近所にはそんな悲しい境遇の犬猫がわんさか捨てられては繁殖し、近所の苦情で保健所に捕獲されある日突然ぱったりと跡形もなく姿を消す。わたしが子供の頃から大人になるまで何一つ変わらず繰り返されてきた。そして縁があった犬猫だけが家で飼われた。だからこんなことは日常茶飯事。でも小型室内犬というのは普通よりも過保護に可愛がられてきた可能性が大きい分、捨て犬となる淋しさや心細さはより大きいものなのではないかと思う。第一自分で狩りをできるような器用な体には出来ていない。人間のペットとして暮らすしか考えられない種類の動物なのだ。この犬も、人恋しさから妹から離れたがらなくてちょっと妹の姿が見えないと必死で探し回るという。病気なので捨てられたのだろうか?それとも勝手に逃げてきたのか?誰かが飼っていた事に間違いない。

が、今日その犬が外に出たがるので庭に放してみんな仕事にでかけて帰ったらいなかったという知らせを受けた。妹が探しているようだけれど、病気の体でひとりぼっちで彷徨っているなんて可哀そう過ぎる。一度人間の愛情を知っているだけに余計。

以前家族である有名な獣医のドキュメンタリー番組を見ていたことを思い出した。この獣医は一風変わった人間のようだけれど、動物に対する愛情はすごくて休みもろくにとらずに動物を診ているのだとか。この人が「動物は絶対に捨ててはいけません。捨てるぐらいなら食べちゃいなさい」と言っていた。捨てられた犬猫を常日頃見ているわたし達は「強烈だけど正論だよね」と共感したのだった。裏を返せば「食べる勇気がないのなら捨てることはよしなさい」ということなのだろうけれど。それくらい責任は重大なのです。


Michelina |MAIL