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プラチナブルー 外伝 第1章【起源】第2話
August,5 2038

プラチナブルー 外伝.2

ルーツィエ・フォン・ローゼンバーグ
Lucie Von Rothenberg 

2038年 夏 ローゼンバーグ研究室

 8年前に『鉱物と人工生命体との融合理論の研究』を発表してから、当研究室への仕事の依頼が殺到していた。
ノーベル賞を受賞したエリッヒの後継者である息子のフリッツは、プラチナブルーと呼ばれた鉱物とヒトの遺伝子の融合理論を発表し、一躍時の人となった。
その後、タツミ財団より鉱物プラチナブルーの無償提供と資金援助を受ける見返りとして、タツミコーポレーション主管産業でもある、オンラインカジノの人工知能部門の開発に協力していた。

人物本人を映写して投影する、本来のビデオカメラのような手法とは別に、フォログラムの中に人工知能とあらかじめプログラミングされた外観を組み合わせて投影する手法が、現在の主流になりつつあった。
膨大な人件費の削減を目的としたグローバル企業体と、環境汚染の少ないウェブ上での商取引を励行した国家の思惑と、そして生物・植物以外の有機体機能を持つ鉱物への人工生命体の融合研究を進めていた当研究室とのコラボレーションは、この10年間でヒトや物、金の流れを大きく変化させ進化させてきた。
フリッツ・フォン・ローゼンバーグはこの研究の先駆けとなる土台は築いたものの、実際の運用は、助教授や主任に任せており、フリッツ本人は、鉱物とヒトの遺伝子の融合理論の研究に没頭していた。


「おはようございます。デニス主任、アルバート主任」
「よう、グレッグ、今日は早いな」
「ええ、そりゃ今日は例の特別な日じゃないですか」
「うん? ああ、そうか今日は月に一度の、ルーツィエお嬢さんの来る日か…」

グレッグと呼ばれた新人の研究員は、脇に抱えた袋から7人分のコーヒーを取り出し、そのひとつをデスク隣のアルバート主任のテーブルに置いた。
同郷出身のデニスには直接渡した。

「あれ?教授は?」
「ああ、今朝もあっちだ」

アルバートは椅子にもたれながら、親指を立て奥の実験用の部屋を指差した。

「熱心だなあ、教授は…」
グレッグは右手に2つコーヒーを持ち、ドアのガラス部分から中を覗いたまま、右手でガラスをノックした。

「あら、まだ来てないのか、愛しのルーシーちゃんは…」
残念そうにドアから振り返ったグレッグは、ドア越しに教授に挨拶をしてから他のテーブルに残りのコーヒーを不規則に置いて回った。

「ルーシーって、お前まだ、ルーツィエの、ツィエの発音ができないのか」
「だって、アルバート主任、舌を噛みますよ、プロイセンの発音って。ほら、見てください」

そういうとグレッグは自分の舌を出した。

「なんだ? 無傷じゃねえか」
アルバートは苦笑いしながら乗り出した身をまた椅子に沈めた。

「あはは、だってオレ、面倒な努力は嫌いですから。それにルーシーのほうが呼びやすいでしょ?デニス主任」
「・・・そうだな」
悪戯っぽく笑ったグレッグが、もう一度舌を出して笑いを誘った。
グレッグとデニスはAD2032年に独立したロサンゼルス連邦共和国の出身だ。

コンコンコン。

不意に、研究室のドアをノックする聞き覚えのあるリズムが鳴り響いた。

「あ、この3連譜のリズムはルーシーちゃんだ」
兎のように飛び跳ねたグレッグがドアを手前に引いた。



「おはようございます。」
「おはよう、ルーシーちゃん・・・あれ?今日は旅行バッグもって…」
「おはよう、グレッグ。おはよう、デニス。おはよう、アルバート。」


ヒールの音を床面に5回鳴らしたルーツィエは、アルバートの引いた椅子に腰を下ろした。
グレッグは大きなバッグをその椅子の左側に二つ置き、コーヒーを手渡した。

「ああ、ありがとう、グレッグ。これお土産のドーナツね。」
「おお、朝飯食ってなかったんだ。助かるよ。」
グレッグは袋から二つ取り出し、ひとつを口に咥えたまま、袋をアルバートに渡した。

「おう、お嬢さん、夏休みのバカンスにいくのかい?」
普段とは違う格好のルーツィエに、苦笑いしながら袋を受け取ったアルバートが尋ねた。

「ん〜。旅行の準備して来いってパパに言われたの。バカンスなんて今まで行ったこともないわ」
「ああ、そういえば…教授がこの部屋を空けたところを見たことがないもんな。」


グレッグが咥えたドーナツを食べ干した時に、実験室のドアが開き、中から白衣姿のローゼンバーグが現れた。
「おはよう、パパ。」

ルーツィエが、青い石の入った小袋をいつものようにフリッツに渡した。
フリッツは小さく頷くと、ルーツィエに奥の部屋に来るよう促した。

「教授、ルーシーちゃんと旅行にいかれるんですか?」
グレッグが二つ目のドーナツをかじりながら、あっけらかんと聞いた。

「うん?一緒に行くのはワシではなく、デニス君が同行する」
コーヒーを飲みながら、デニスが小さく頷いた。

「ええ? デニス主任。まさかボクを出し抜いて、ルーシーちゃんと恋路を?!」
「あはは、そうじゃないさ、オレは夏休みの里帰りだ。」

タツミコーポレーションの会長からの指名で秘書を二人送ることになった経緯をローゼンバーグが説明した。
デニスが会長の孫であることを、ルーツィエもグレッグも初めて知って目を丸くして驚いた。

2時間後、グレッグとアルバートに見送られて、ルーツィエとデニスが部屋を後にした。
ルーツィエの耳には、加工されたプラチナブルーのピアスが青白く輝いていた。

フリッツは実験室のテーブルで額に右手をあててうな垂れていた。

「人工生命体の寿命は20年…ルーツィエ…」


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