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プラチナブルー 外伝 第1章【起源】
August,1 2030

プラチナブルー 外伝.1

ルーツィエ・フォン・ローゼンバーグ
Lucie Von Rothenberg 

2030年 夏 エリッヒ・フォン・ローゼンバーグ邸

 プロイセン東部の古都、ライプツィヒ。その都市の西部地区にあるフォンデンブルグ教会の一角にローゼンバーグ邸はあった。
同邸宅のゴシック調外壁の小窓に降り注ぐ黒い雨粒が、ガラス面を蛇行しながら静かに流れ落ちていた。その様子をアンナと呼ばれた初老の女は病床のベッドから見つめていた。

「お祖母ちゃん見て。ほら、パパとお祖父ちゃんがテレビに出ているよ。」

ノックをせずに部屋に飛び込んできた子供は、雨の滴るスカートで濡れた手を拭き、祖母の傍らにあるフォログラムのスイッチを押した。

『…2029年度のノーベル医学・生理学賞には、我がプロイセンのエリッヒ・フォン・ローゼンバーグ博士が選ばれました。氏は鉱物と人工生命体との融合理論の研究において…』

「まあ、本当ね。」
「うんうん、ねえねえ、これは何のメダルを貰っているの?」
「これはね、ルーツィエ。人の役に立つ研究や発見をした人が貰える栄誉ある賞なのよ。」
「へ〜。」

ルーツィエと呼ばれた少女は、燦々と輝く瞳を大きく見開き、フォログラムに投影された祖父と父の姿を誇らしげに見つめていた。

「あら、ルーツィエ。あなた頬から血が出ているわ。こちらへいらっしゃい。」
アンナは枕元に置いてあったタオルでルーツィエの頬の傷をそっと拭い、そして濡れた髪をやさしく梳かした。
「痛い?」
「ううん、平気よ。ヴァレンにまた引っ掻かれたの。もうあの子ったら、トッティのことをからかうとすぐに怒るのよ。今日もね・・・」
「あらあら、あなたももうすぐ10歳でしょ?顔に傷をつくる喧嘩なんておよしなさい。」
「だってねだってね。アタシがトッティのこと好きなのでしょう?ってヴァレンがいうのよ…何度も違うって言っているのに!」
興奮気味に語り始めたルーツィエを諭すように、アンナは微笑みかけタオルで髪を拭い続けた。
「トッティはとても優しくていい子よ。おばあちゃんも大好きよ。それにヴァレンも教会に来て間もないけど…」
「それはそうだけど…でもでも…。」

アンナは深い皺のある口元に笑みを浮かべ、ベッド上部に備え付けてある引き出しから取り出した小さな箱の蓋を開けた。そして、その中から青く光る水晶のようなものを手に取り、ルーツィエの頬にそっと当てた。
すると、頬の傷は光の中へ消え、やがて痛みも消えた。

「不思議な石ね〜これ。ありがとうお祖母ちゃん。」
痛みが消えるとルーツィエは満面の笑みを、タオルに包まれたボサボサの髪の中から覗かせた。
アンナは小さく首を振ってから咳き込んだ。
「大丈夫?お祖母ちゃん。この青い石でお祖母ちゃんの病気も治るといいのに…」
「そうね。優しいのね、ルーツィエは…。でもこの石はあなたにしか効かないのよ。」
「そうなの…。」
「だから、あなたの痛みはすぐに消えるけど、あなたが引っ掻き返したヴァレンちゃんは痛いままだから、もう誰かを傷つけちゃだめよ。」
悲しそうな目をした祖母の瞳に直視されて、ルーツィエは、無言で渋々頷いた。
「じゃあ、私の病気が移るといけないから、もう行きなさい。教会のみんなと仲良くね。」
そういうと、アンナは横になり目を瞑った。

それから、3日後。家族が見守る中で、アンナはそのまま息を引き取った。
「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!」
ルーツィエは右手に青い石を握り泣き崩れた。そして疲れ果て眠りにつくまでベッドの脇を動こうとしなかった。
その2年後、祖母の後を追うように祖父のエリッヒが亡くなった。
父フリッツは祖父の意志を受け継ぎ、教会の司祭になった。普段はローゼンバーグ大学で研究に没頭し、週末は教会での仕事。ルーツィエの自宅で父の姿を見かけることが無くなってから3年ほど経った頃、両親は離婚した。ルーツィエは母に連れられ家を出たが、その母もまたルーツィエが18歳になると家に帰ってこなくなった。

August,4 2038


2038年 夏 フォンデンブルグ教会

祖父の葬儀以来、ルーツィエが6年ぶりに訪れたフォンデングルグ教会。7月第二月曜日だったため、父の姿は無かった。祖父母の住んでいたローゼンバーグ邸と教会とをつなぐ中庭に、菷を持った使用人が数人、忙しそうに掃除をしている。ルーツィエがふと、その見覚えのある背の丸まった女を見つめていると、女は、軽く会釈をし、こちらにゆっくりと向かってきた。
「ルーツィエお嬢様? すっかりと大きくなられて・・・嬉しゅうございます。」
祖父母に仕えていたマリアだった。
「お久しぶり。マリアもお元気で、あたしも嬉しいわ。」
「ええ、本当にご立派になられて・・・あの頃は、あの子達と同じ背丈くらいだったかしら」
マリアは、中庭でサッカーボールを蹴って遊んでいる少年たちを見て微笑んだ。

「どこに蹴っているんだよ。マリー!」
「何だよ、それくらいとってよ、シルバーのへたくそ」
教会敷地内にある孤児院の子供たちが蹴った古びたボールは、ルーツィエの足元へ数回バウンドしてから、ころころと転がってきた。ボールを追い、こちらに駆け出した3人の子供達の背丈はルーツィエの胸元あたりで、彼らは見慣れぬ女性を物珍しそうにきょろきょろと見つめて、思い思いのことを口にしている。

「みんな、楽しそうね」
ルーツィエがボールを拾い上げ差し出すと、赤い帽子を深めにかぶったシルバーと呼ばれた少年が嬉しそうに受け取った。

「うん、すごく楽しいよ。一緒にやる?お姉ちゃんもここに居た人なの?」
「えーっとね。あたしはね・・・」
一瞬言葉に詰まったルーツィエは、無意識に教会横の祖父母が住んでいた邸宅を見つめた。

「この方は、神父さんのお嬢さんなのよ。それに・・・あなたたちの大好きなトッティ君やヴァレンちゃんのお友達よ」
「えー親分の?」
マリアがルーツィエを子供たちに紹介すると、3人の子供達は顔を見合わせ驚きどよめいた。

「じゃあ、親分が言っていた、『おいしい料理を食べさせて元気になってもらうんだ』って人?」
「絶対そうよ、だって凄く綺麗な人だもん。親分のハニーに間違いないわ」
「うんうん」
3人の子供は輪を組むようにして、興奮気味に小声で話しては、ちらちらとルーツィエの顔を見て口元を動かし続けた。

「あら、トッティ君をみんな知っているんだ。もっと話を聞かせて」
ルーツィエは、中庭東側にある大きな木の下の木陰に腰を下ろすと、子供3人にバックから取り出したガムを手渡した。3人は慌てたようにガムをほおばると我先にとその口を開き語り始めた。
〜葬儀以来、すっかりふさぎこんで教会に来なくなった女の子を励ますためにみんなであれこれ考えたこと。親分と慕うトッティが、みんなの食事を作る手伝いをし続けたこと。2年前に北欧でレストラン経営をしている夫婦が、養子を探しに孤児院に来た時に志願し、料理の腕前を披露したことが認められ、その話が子供たちにとっての憧れのサクセスストーリーであること。シルバーとマリーが18歳になったら、一緒にお店を手伝えると約束してくれたこと。そして他でもなく、ルーツィエ自身のために彼がそれを望み行動したこと。〜
 子供たちが熱く語るトッティの人柄に、相槌や、驚きを織り交ぜなら聞き入っていたルーツィエの頬に、優しくそよぐ偏西風に舞う木々の葉が当たり止った。葉を手に取り頬に触れ濡れた指先から、祖母に頬を拭って貰ったシーンを思い出していた。

「そういや親分、今度ロサンゼルスに店を出したんだって」

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