プラチナブルー ///目次前話続話

裏切り
April,24 2045


20:30 トッティの店

「ヴァレンティーネ様、ジパングへの出発は何時頃なんですか?」
「当初の予定では6月1日だったの。変更がないか、ローゼンバーグ教授に確認しておくわね」
「はい・・・楽しみだな〜どんな国なんだろう」
「大体ブラッドは、東洋がどこにあるかも知らないんでしょう?」
「あはは、そうなの?ブラッド」

アンジェラが、ブラッドを冷やかすと、つられてヴァレンも笑った。

「し・・・知ってますとも…」

ブラッドがしどろもどろになりながらも、ヴァレンに向かって意味不明な身振り手振りをしている。
ヴァレンは席を立つと、入り口の横の壁に貼ってある大きな地図の前に歩き出した。

「ここよね?ブラッド」

ヴァレンがしゃがんで地図の右下辺りの大きな大陸を指差した。

「そ、そうですとも・・・その大きな国こそがジバング!」
「何云ってるのよ、ブラッド。そこは、カンガルーの国シドニーよ」

アンジェラが呆れたようにブラッドの後方から頭を叩くと、
ヴァレンはしゃがみこんだまま笑いで体を震わせている。

「げ・・・ヴァレンティーネ様・・・ま、まさか・・・」


ブラッドが未だ見ぬ東洋の国に思いを馳せ希望と失望とを織り交ぜていると、店の入り口の扉が開いた。
乱雑で不規則な足音に、カウンターに座っていた3人の視線が入り口に集まる。

「なんだよ、試合が終わったってのに、またアイツラかよ・・・」

ブラッドが煩わしそうに呟いた。
見慣れたサングラスに黒服の男が3人先に入り、ドアの両側に並ぶと、
チェン教授がいつにも増して凄い形相でズカズカと入って来る。

チェンはカウンターに座っている3人が視界に飛び込むと、立ち止まることもなく一直線に歩いてきた。
その視線の先は一点を見つめている。

入り口に一番近い席に座っているデニスの横でチェンが立ち止まった。
そのすぐ後に男が3人控えている。

「デニス!勝手に作戦を変更して・・・どういうつもりなの」
「悪いな。俺、ヘリに乗る瞬間に高所恐怖症だったのを思い出したんだ。で地上で待機してたわけさ」
「命令違反の上に・・・試合までぶち壊して・・・契約金は支払わないわよ!」
「おいおい、試合は、アンタの希望通りの面子だっただろう?結果までは俺の契約外のことだぜ?
怒りの矛先は、そっちの使えない部下にぶつけたらどうだ?」

デニスはとぼけた口調で後にいる男たちを指差し返答した。

「・・・何でアンタがコイツラと一緒にいるんだ?この裏切り者!」

後ろに控えている男の一人が叫んだ。

「酷い言われようだな・・・あちらが俺の新しい雇い主だ。紹介が必要か?」

デニスが、入り口の横の地図の前に座っているヴァレンを右手で指し示した。

「てめえ!」

黒服の男達が、身を乗り出しデニスを取り囲む。

「アタシの店で騒ぎはやめてね」

トッティがカウンターの奥でグラスを拭きながら静かに語りかける。

「うるさい!オカマはすっこんでろ!」
「まあ・・・地雷を踏んだわね・・・」

そういうや否や、トッティが手を伸ばし男のネクタイを手前に引いた。
その勢いで男はバランスを崩し、カウンターの上に両手を突いた。
トッティの振り下ろしたアイスピックが、男のネクタイに突き刺さり、
身動きできなくなった男の目の前でアイスピックが小刻みに左右に揺れている。

「全く・・・最後の娑婆の夜を楽しく過ごせないものかね・・・」
「どういう意味よ・・・」

デニスの言葉にチェンが反応する。

「アンタ、麻薬製造の疑いがかかってるんだろ?明日にでも令状が届くんじゃないのか?」
「何ですって?」

ブラッドが言葉を呟いた瞬間、チェンは目の前で揺れているアイスピックを引き抜くと、
突如身を翻し、入り口横に座っているヴァレンを羽交い絞めにした。
ヴァレンの喉元には銀色のアイスピックの先が妖艶に光を放っている。

「おいおい、落ちつけよ教授」

飛び掛ろうとしたブラッドを右手で静止しながら、デニスが興奮したチェンに話しかけた。

「坊やは黙って座ってろ!」

デニスが立ち上がり、ブラッドの両肩を掴むと、チェン達に見えないようにウィンクをした。
ブラッドは、元の椅子に座り様子を傍観せざるを得なかった。
アンジェラの手がブラッドの背中に触れ、震えているのがわかる。

「どういうことなのか説明して頂戴!デニス!内容によっては、この女の喉を掻き切るわよ」
「おいおい、フォンデンブルグ助教授は関係ないだろう・・・」

既にチェンは極度の興奮状態で正気を逸脱していた。
手に持ったアイスピックがヴァレン喉元に食い込んでいる。

「デニス!契約金を2倍払うわ!その代わり、麻薬製造をこの女のせいにして頂戴!」
「アンタ達、アタシの研究室の道具一式を、今夜この女の部屋に運んでおきなさい!」

怒鳴りつけるようにチェンが男3人に命令すると、そのうちの一人が店を走り去るように出た。
残りの男2人は、チェンに代わり、2人がかりでヴァレンの両腕を壁に押しつけた。
チェンはヴァレンの白銀の髪から青白い光が輝いているのに気づくと、手に持ったアイスピックで、
ヴァレンの髪をかきあげ、左手でピアスを掴んだ。

「これは東洋の秘宝、プラチナブルー・・・アンタには勿体無いものだわ・・・」

チェンが、アイスピックの先をピアスに通すと、そのまま勢いよく下に振りおろした。
ブチっという音と共に、ヴァレンの左側の白銀の髪がみるみる赤く染まっていく。
続けざまに右の耳朶からも手でピアスを引きちぎった。

チェンの手元のアイスピックの先にはピアスが2個、妖艶に蒼白く輝いていた。

「わかった・・・取引をしよう」

デニスが、両手を開いて半歩前に出た。

「テメエ!裏切るのかよ!」

ブラッドは、思わず立ち上がり叫んだ。それと同時に先ほどのデニスのウィンクを思い出していた。
アンジェラも震えながらブラッドの背中越しに服を掴んでいる。

デニスは、ブラッドとアンジェラのほうを振り返ると、再び笑顔でウィンクをする。

「ああ、俺は条件のいいほうに転ぶロクデナシだからな・・・」

「ふふふ・・・あっはっは!」

気がふれたような笑い方で、チェンはアイスピックの先からピアスを指に転がすと、
自分の両方の耳にプラチナブルーのピアスをつけた。
そして、手に持ったアイスピックを壁に押し付けられているヴァレンの頭上に突き刺した。

ビーンと音を立てたアイスピックが、地図上のジパングの上で左右に激しく揺れた。

「じゃあ、取引は成立だな。お前達、その女性から手を離し、車を下に用意しろ」
「はっ」

男2人はデニスを慕っていたのか、素直にデニスの指示通り、ヴァレンから手を放した。
男達が店から出た後も、チェンは一人で狂ったようにフロアーで回り続けている。

「ああ、プラチナブルーのピアス。まさか生きている間にお目にかかれるとは思わなかったわ」



『オリエンタルブルーに輝くプラチナ製のピアスは、その手を離れた時に災いをもたらすといわれてるの。
だから、一度手を離れると禍(わざわい)に変わるから決して追っては駄目よ。』


カウンターの中で静かにトッティが呟いた。
無意識にブラッドとアンジェラがトッティに振り向いた。

次の瞬間、ボン!と云う音がホール中央で続けて2回鳴った。

「ああ!あたしの耳が・・・ああ!何も聴こえない!・・・あたしの声しか聴こえない!」

チェンが自分の両耳の辺りを手で押さえているものの指の間から血が噴き出している。
足元には、チェンの耳らしき肉の破片が飛び散っていた。

「ああ・・・何故プラチナブルーのピアスがここに落ちているの?」

チェンが両膝を床についてピアスを拾い上げようとした瞬間、
今度は指が吹き飛んだ。

「あらら、指が無くなっちまったら、契約書も書けないな・・・悪いが契約は破棄だ」

哀れむような声をデニスはチェンに投げかけ、近づいた。

「アンタの身柄を拘束する・・・といっても、この声も聴こえないか・・・」

デニスは後ポケットから手錠を取り出すと、指先のない右手の手首にそれをかけた。
蒼白く輝く手錠は、主を失くしたプラチナブルーのピアスの光と同じ輝きを放っていた。

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