ウィンクと裏拳 April,24 2045 11:25 ローゼンバーグ総合大学 試合会場 「汚い真似しやがって…」 ブラッドが怒りまかせた勢いでその場で立ちあがると、左に座っている男の胸倉を掴んだ。 すぐさま壁際に座っていた係員達が卓に駆け寄ってくる。 「いかがなさいましたか?」 ブラッドは男の胸元から手を離すと、その手で左側で仁王立ちしている女を指差した。 「この女が現れたせいで…落ちた牌をロンと宣言したんだよ!部外者の卓上への口出しはありなのかよ!」 「あら、随分と酷い言い方ね、牌を河に置いたのは、そちらの不注意以外の何ものでもないでしょう?」 「ふざけるな!」 「まあ、乱暴な生徒さんをお持ちのようね・・・ファンデンブルグ助教授」 矛先を混乱させるかのように、話題を摩り替えようとしたチェン教授の言葉を、ヴァレンは無視した。 係員の男達2人は、二、三言ボソボソと会話をした後で、誰に伝えるでもなく言葉を発した。 「いかなる理由があろうと、場を差し戻すことはできません。 河に置いた牌を戻せないというのは、正式なルールでございます。このまま続行願います」 「おい!」 怒りの収まらないブラッドが、係員に詰め寄ろうとした瞬間、 「ブラッド、座って・・・」 と、ヴァレンがいつもの口調で微笑みかけるようにブラッドに言葉を投げかけた。 ブラッドが、納得できないといった様子で渋々と席についた。 「チェン教授は、あちらの席へ、ご案内いたします」 係員の男達が、部屋の左奥の椅子に向かって手の平を向けた。 チェン教授がポーチからドリングの瓶を取り出し眼鏡の男のサイドテーブルに置くと、男に耳打ちをした。 そして、係員の指示に素直に従うように部屋の奥の椅子に腰を降ろした。 東2局 東家 眼鏡の男 23,300点 南家 ブラッド 19,900点 西家 狐目の男 19,900点 北家 ヴァレン 36,900点 眼鏡の男がサイコロを振り、全員が配牌を取り出した。 親の眼鏡の男は一打目の牌を切る前に、サイドテーブルのドリンクの蓋を開け一気に飲み干した。 「おお、これはこれは・・・牌がよく見える…」 独り言を呟くと、ブラッド、狐目の男、ヴァレンの手元を順番に見渡すと、 それぞれの13枚の手牌の背中を見て不気味に笑った。 6順目に一向聴を迎えたブラッド。 東2局 6順目 ブラッド ここに6ピンをツモり、ペンチャンの8-9ソウ落としを目論んで、8ソウを河に捨てる。 次の順目に親が6ソウを切ってリーチを宣言した。 「リーチ」 ブラッドはツモ山に手を伸ばし、恰好の五萬をツモってくると、迷わず9ソウを横に向けた。 東2局 7順目 ブラッド 「リーチ」 「ロン…リーチ、一発は3,900点。裏ドラは…六萬か…」 東2局 眼鏡の男のアガリ形 眼鏡の男は裏ドラを開くこともなく手牌を倒し、点数を申告した。 「追っかけリーチは、2-5-8萬待ちですか…」 ブラッドは眼鏡の男に待ちを言い当てられたことよりも、倒した手牌を見て首をかしげた。 (6ソウではなく9ソウを切れば、4-6-7待ちの3面待ちじゃないか…何で9ソウ単騎なんだ? ペンチャン落としを狙われたのか?) 男が裏ドラの表示牌を捲ると五萬だった。裏ドラは男の宣言通り六萬。 ブラッドは、上家の男が適当に牌を言っているだけだと、深くは考えずに点棒を支払った。 東2局 一本場 東家 眼鏡の男 27,200点 南家 ブラッド 16,000点 西家 狐目の男 19,900点 北家 ヴァレン 36,900点 7順目、絶好のカン五萬を引くと、ブラッドは字牌を横に向けリーチを宣言した。 東2局一本場 7順目 ブラッド 「ふ〜ん。3-6ソウね〜果たして山にあるのかな・・・」 ボソボソっと上家の男が呟いた。 (なんだ?コイツ・・・) ブラッドが眼鏡の男の言葉へ不快に反応し、山を見渡す男の目を見た。 (コイツ・・・瞬きをしてない・・・目が血走ってるじゃないか・・・薬か?) 明らかに、ドリンクを飲んでからの男の言動と顔つきは別人のように変わっている。 3-6ソウ以外の牌を惜しげもなく、切り落としてきた。 その男に呼応するかのように、下家の狐目の男もいかにも危険そうな牌を切り続けた。 結局、ブラッドはツモルことが出来ず、流局した。 上家も下家も聴牌形を晒し、一本場はヴァレンの一人ノーテンだった。 「左から5枚目の牌を差し込めば良かったのに・・・」 眼鏡の男は相変わらず瞬きひとつせず、ヴァレンの見えないはずの手牌に語りかけた。 ヴァレンは、男の言う5枚目の牌に視線を移すと、男の云った通り、その牌は6ソウだった。 東2局 ニ本場 東家 眼鏡の男 28,200点 南家 ブラッド 16,000点 西家 狐目の男 20,900点 北家 ヴァレン 33,900点 流局 リーチ棒 1,000点 「いい加減なことをベラベラと語ってんじゃねえよ」 ブラッドは苛立ちを隠すことも無く、無造作に山を崩すと次の局の準備を始めた。 「くっくっく・・・あっはっは」 突然、眼鏡の男が笑い始めた。 「全ての世界が透き通って見える・・・」 「は?・・・頭がイカレてるのか?お前」 「イカレているなんて、とんでもない・・・」 眼鏡の男は勝ち誇ったような表情でブラッドに笑いかけると、牌を取り出しながら呟き続けている。 「ほほう・・・黒い下着ですか・・・これは色っぽい・・・おや?左胸にキスマークが2つ・・・濃密な夜をお過ごしのようで・・・」 男に胸元を見透かされたような視線を感じたヴァレンは、咄嗟に両腕で胸を隠した。 「お相手は、こちらの彼かな?・・・おやおや、違うようだ。お気の毒に・・・」 「いい加減にしろ、てめえ!」 「ぐわっ」 ブラッドの左手の裏拳が、眼鏡の男の鼻先にめり込んだ。 男はピンポン玉のように、後方の壁に向かって規則正しく3度跳ね、壁に頭を打ちつけると大の字にのびた。 「ルールブックに裏拳禁止ってのは、確か無かったよな」 「至急確認いたします」 駆け寄ってきた係員に、平然と尋ねるブラッド。 先程の2人組みの係員はオロオロと会話を交わし、ルールブックを捲ると、 「ルールブックに禁止事項の記載はございません・・・」 と、返事をした。 唖然としているヴァレンに、ブラッドはウィンクをしようとしたが、片目ではなく、両目を瞑ってしまった。 |