プラチナブルー ///目次前話続話

すれ違い
April,24 2045

10:35 ローゼンバーグ総合大学 試合会場 

ブラッドの回想

ブラッドの父親は、プロサッカー選手だった。
物心がついた時には、近くのスタジアムに整形外科医である母と応援によく行った。

父が怪我をするたびに、母の勤めていた病院で治療を受け、その時に二人は恋に落ちたらしい。
父親が現役から引退すると、家庭の中の雰囲気はやがて一変していく。

引退してまもなくは、家族サービスは大事だと父は語り、
昼間はサッカーの試合を応援に行ったり、週末の夜は近くのレストランに食事に出かけたりしていた。

父親の時折交えるジョークは、イングランド人よりは面白くはなかったが、
それでも小さなブラッドが笑うには十分だった。

プロイセンの男性気質は、ローマ人よりも勤勉に働くが、それは、家族と過ごす時間を作るためであり、
職人のように仕事一辺倒の男性像と言うものは100年前の伝説の中にしか存在しなかった。

父親もサッカーには真面目に取り組んでいたと母親は話していたけれど、
引退後は、定職に着いても上司と折り合わず、転職を繰り返していたようだった。

家で過ごす時間が多くなった父親は、小さなブラッドとよく遊んでいた。
家計は母親が支えるようになった。平日の夜の食事は、父親の担当だ。
食卓の上には、ソーセージとジャガイモと冷凍ハンバーグがいつも並んでいた。

だた、週末になると、家族で過ごす時間は減り、平日の夜の両親の口論は増えていった。
母親のヒステリックな言葉は年々過激になり、一方で父親の口数は晩年、激減した。

ブラッドが6歳になる頃には、父親は家に帰って来ることが少なくなり、
母は、父が外国のチームで頑張っている、と話したが、その活躍をメディアで知ることはなかった。
7歳の誕生日にサッカーボールをプレゼントした父親の姿が記憶の最後のページとなる。

「女の扱いは、サッカーボールのリフティングよりも難しい」


ポツリと呟いた父親の言葉を、ブラッドは目の前に揺れるタバコの煙を見て思い出した。

機嫌の悪くなった母をなだめる為に、あれこれ苦心していた父親の姿は浮かんで来るものの、
今のアンジェラとの状況を好転させるようなアイデアは全く浮かんでこない。

1回戦の終了から5分が経過していた。

「トイレにしては長いな・・・アンジェラ探しの旅に出よう」

ブラッドは一人になった卓の椅子から立ち上がると、左腕の携帯端末装置を開いた。
廊下を歩きながら、ヴァレンに連絡を入れるが不通。トッティの携帯は運転中のアナウンスが流れた。



10:40 ローゼンバーグ総合大学 東広場

アネモネやヒヤシンスが咲き誇る紫系と緑色のコントラストの強い中庭の一角。
日差しが校舎の影になっている駐車場横、東広場のベンチにアンジェラは座っていた。

「あ〜、もう嫌になっちゃう・・・」

アンジェラは昨夜のブラッドとのやりとりを思い出してため息をついた。


アンジェラの回想

流星群が降り注ぐ夜空に向かって無意識に口にしたブラッドへの想い・・・
自分を見上げたブラッドに表情を見られたくなくて口付けをした。

頭の中が真っ白になり、ブラッドの唇のヤワラカさもアタタカさも覚えていない。
ただ、気がつけば、ブラッドの右手が左胸を触っていた。

「な、何をするのよ・・・」

動揺する私に、ブラッドは、頭を掻きながら、困惑しているようにもみえた。
お互いの重なった視線が途切れる前に、何かを伝えなければ・・・私は無我夢中で、ブラッドに尋ねた。

「ねえ、私のこと、好き?」

ブラッドが小さく頷く。

「どれくらい?」

投げかけた言葉に、返ってくる言葉が聞こえないんじゃないかと思える位、胸の鼓動が高鳴っている。
息を吸うことも忘れるほど、ブラッドの口元をじっと見つめていた。

だんだんと息苦しくなる中で、時間が流れていることを実感する。
しかし、そんな苦しさから解き放たれるような言葉は、ブラッドからは何一つ返ってこない。
心の重さが、元の重さに戻リたがっているのが自分でも良く分かった。

そして、ブラッドが視線を逸らした瞬間、私の張り詰めていた感情は、四方に飛び散った。

「もういい」

諦めたようにその場を立ち去ろうとすると、振り向きざまに、不意にブラッドに腕を掴まれた。

「痛っ・・・」

次の瞬間、掴まれた腕の痛みが消え、背後からブラッドに抱き締められていた。

「返事を・・・考える時間もくれないのかよ・・・」
「ひとつのことを考え込んでいる時に、次々と質問するなよ」

ブラッドの声は、怒りに任せた口調ではなかったけれど、これまで、聴いたことのないような声だった。




「あら、アンジェラ。試合は?」

ふと、トッティに名前を呼ばれ顔を上げると、目の前にトッティとヴァレンが立っていた。

「うん、一回戦が終わったところ・・・勝ったんだ」

現実に引き戻されたアンジェラは、無理に笑顔を作って応えた。

「本当?凄いわね・・・でも、アン、貴女、顔が真っ青よ。体調が悪いの?」

ヴァレンがベンチに座っているアンジェラの隣に腰を下ろし、額に手をあてた。

「ちょっと、熱があるじゃない・・・トッティ、研究室までアンを運んでくれる?」
「いいわよ。ところで、ブラッドはこんな時に何をしているのかしら」
「呼び出してみるわ・・・」


10:50 ファンデンブルグ研究室

試合会場の隣に建っているファンデンブルグ研究室にいたブラッドは、壁にかかる時計の針を見つめていた。

「研究室にいると思ったんだけどな〜。どこにいるんだよ。アンジェラは・・・」

ブラッドがぼやいていると、左腕の携帯端末機に着信を知らせる音が鳴り始めた。

目次前話続話
Presents by falkish