決戦前夜 April,23 2045 22:00 ファンデンブルグ研究室 『ロン』 「あちゃ〜、やっちまった・・・ここは、聴牌外せ〜・・・かよ・・・」 ブラッドは、椅子の背もたれに大きく仰け反り両腕を広げた。 「ただいま〜」 突然、部屋の扉が開き、アンジェラの陽気な声が聴こえた。 「おう」 「はい、これ、お土産」 「うわっ、冷て・・・」 アンジェラは、背伸びをしているブラッドの額に、冷えた缶ジュースを置いた。 「あら、オーラスでこけちゃったのね・・・」 「ん・・・対面のリーチしている奴の現物待ちだったから・・・」 「はは〜ん、で、一発で6ピンをツモギリで・・・お陀仏ってわけね」 「ああ・・・」 ブラッドは、アンジェラに貰った缶ジュースの蓋を開け、半分ほどを一気に飲んだ。 「ふ〜。どうだった?神父さんの話は・・・」 「うん・・・長くなるようだったから、また来週、お邪魔することにしたわ」 「そっか・・・」 「ヴァレンはトッティの手伝いをしてから帰るって」 「うん」 アンジェラは、ブラッドが座っているテーブルの椅子ではなく、隣の麻雀卓の椅子に座ると、牌を指先で転がした。 「いよいよ、明日ね・・・」 「ああ」 「勝ったら・・・ジパング。負けたら・・・どうなるんだろう・・・アタシ達」 卓上の牌を捲ったり裏返したりしているアンジェラが独り言のように呟いた。 ブラッドは、返す言葉も見つからず、残り半分のジュースを一気に飲み干すと、椅子から立ち上がって歩き出した。 アンジェラの後方を通り、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出すと、一本をアンジェラにそっと投げた。 「アンジェラ、テラスに出たことはあるかい?」 アンジェラは手を止め、ブラッドの声に振り向くように西側の窓のほうを見た。 ブラッドがステンレス製の扉を開け、テラスに出て行こうとしている。 「ドアの向こうはテラスになってるんだ・・・知らなかった」 後を追うようにドアを開けると、横に長いテラスが広がっていて、右前方のベンチにブラッドが座っていた。 外壁にかかる薄暗いライトが3つ灯っている。 「隣に座っていい?」 「うん、今夜は、月が出ていないから、星がよく見えるよ」 「本当だ・・・綺麗ね〜。あ、流れ星だ・・・」 「ん?」 「ほら、あの・・・はくちょう座の上あたり・・・」 「多分、こと座流星群だ・・・この時間だと、今から数十個は見えるぜ」 「本当? じゃあ、願いごとをしなくちゃ・・・」 「あはは・・・」 アンジェラは東北東の空をじっと見つめ、次の流星が降り注ぐのを待っている。 ブラッドは、手に持った缶ビールの蓋を開け口につけた。 校舎の合間を吹き抜ける風が、アンジェラの肩まで伸びている髪を躍らせ、横顔を隠すように舞い上がる。 「あ、来た! 明日勝てますように・・・ ほら、ブラッドもお願いして・・・」 「うん・・・あ、消えた。次のを待とう・・・」 夜空の明るさに目が慣れてくると、星空が鮮明に見えるようになってきた。 アンジェラは立ち上がり、ブラッドの後に回ると、両肩に手を添え、上空をグルっと見渡した。 「流星を見つけたら、肩を叩いてあげる。」 「あはは、たくさん流れるよ」 「じゃあ、私も次のお願いを考えておこうっと」 その矢先、2人の目の前に5つの流星が尾を引き、時間差で降り注ぎ始めた。 「うわ、今度のは凄いぞ・・・」 「綺麗〜」 「あはは、見惚れていて、お願いするのを忘れてたよ。アンジェラは出来たか?」 「うん」 「何をお願いしたんだい?」 「・・・ブラッドが、私を好きになりますように・・・って」 「はい?」 背中越しにいるアンジェラを、ブラッドが顔を右上に捻るようにして左肩を下げた。 ライトの影になっているアンジェラの顔がシルエットのまま近づいてくる。 アンジェラの口元が微かに微笑んだようにも見えたのは、ブラッドの唇に重なった後だった。 ブラッドの手から零れ落ちた缶の、コロコロと転がる金属音が鳴り止んでもなお、 唇を重ねたままのブラッドの頭の中のスクリーンに、何度もアンジェラの微笑の残像が繰り返されていた。 |