プラチナブルー ///目次前話続話

円香から継承されたもの
April,20 2045

12:30 ファンデンブルグ研究室

「シーナ先生、お、オレ、体が震えています」

ブラッドは円香が卓上で繰り広げた技を、まるでマジックショーを観た後のように感動し呆然としている。

「いい、ブラッド君。今見せた技は、本来、イカサマと呼ばれるものよ」
「ええ、本で読んで存じています」
「本番で使うことは勧められないわ」
「勿論です。ただ、相手が仕掛けた時に見破れないと、きっと後悔すると思って」
「そうね、一通りを教えたつもりだから・・・対応できそう?」

ブラッドが円香から教えて貰ったのは、必要牌を呼ぶ時の隠喩、リーチ宣言時に置かれた牌の位置、
あるいは、掛け声とリーチ棒の出るタイミングの違いから疑うケースなど、所謂、クチローズとか通しと呼ばれる技。
そして、実際の牌を使い、牌を河から拾ったりすり替えたりする基本的な抜き技や積み込み系の技。
牌に目印をつけ、次がどの牌かを知るガン牌。さらには、コンビ打ちによる空リーチの使い方。
牌を左手に2枚握りこんでロン牌を変幻自在に宣言したり、山の上下のツモをずらしてツモったりと・・・
嘗て、一世を風靡した時代があったという、本の中の文字でしか知らない100年前の技を目の当たりにして、
ブラッドは、ここ数日の講義で学んだ麻雀とは、全く別の世界観を感じていた。

「あはは、シーナ先生のように華麗にこなせる人がいるとは、とても思えないですけど・・・」
「今時、手積みの麻雀はほとんど存在しないからね、でも、停電になった時には注意してね」
「ええ、僕も先ほどのローゼンバーグ教授の話を聞いて、必ず仕掛けられた停電の時間帯が来ると・・・」
「ふふふ、なかなか鋭い勘をしているわ・・・」
「どうも・・・です」
「貴方もそういう洞察力を、恋愛に向けられればいいのにね」
「ええ??」

突然、円香の口から恋愛というキーワードが飛び出し、ブラッドは先ほどの驚きとは違うリアクションで驚愕した。

「あはは、アタシの独り言だから、気にしないでね。さあ、ランチに行きましょう」
「め、目茶苦茶、き、気になるんですけど・・・」

ブラッドは動揺した声で、先に席を立ち歩き出した円香の後を追った。

「シーナ先生!」
「なーに?」

円香が含みを持たせた笑みを浮かべ、同じ歩調で歩くブラッドの顔を覗き込んだ。

「僕に、足りないものって何ですか?」
「足りないもの?」
「ええ、僕、好きな人がいるんですけど、相手にとって僕が不足だらけだ、と感じているんです」
「あはは、面白いわね」
「わ、笑わないで下さいよ。真面目な話です」
「そうね〜。でもね、恋愛で、相手にとって足りないものなんて・・・何も無いわ」
「はあ?」

円香は納得できないというポーズをとるブラッドの腕に自分の素肌を絡め、手を握り締めた。

「いい? 恋愛の経験だとか、自信だとか、そんなものは自分にしか見えないの、相手には関係ないことよ」
「本当ですか?」

今度は、ブラッドが円香を覗き込み尋ねた。

「ええ、貴方には愚直なまでの正直さがあるじゃない、貴方を知って嫌う人なんて、この世に存在するとは思えないわ」
「愚直の意味がわかんないんですけど・・・でも、シーナ先生にそう云われると、自信が300%アップですよ」
「あはは、だから、その自信なんてものは相手には関係ないんだって・・・」
「確かにそう云われると・・・自信満々で見知らぬ女性に迫られても困るぜ〜〜って気もします」

円香は自分の右手とブラッドの左手を繋いだまま、体を折り曲げながら笑った。

「もうすぐ食堂に着くわ、このまま手を繋いでおく?」
「シ、シーナ先生。僕、先生と手を繋げて非常に嬉しいんですけど・・・
今、頭の中では、何故手を繋いでいるかの説明だとか、言い訳だとかで頭が混乱しています」
「あはは、繋ぎたいから繋いでいるんだ〜で、いいじゃない」
「そ、そんな乱暴な・・・」

円香とブラッドが食堂の入り口にたどり着いくと、円香は小走りでブラッドの正面に立ち、ブラッドの襟を正した。

「さあ、アタシを素敵にエスコートしてね」

ブラッドは顔面を蒼白にし、仏像のように身動きひとつ出来ずにいた。

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