プラチナブルー ///目次前話続話

アンの病名
April,10 2045

20:15 クルツリンガー邸

「よう、アンジェラ、元気になったか?」
「ううん」
「何だよ、まだ治らないのか?その仮病」
「仮病じゃないもん 元気じゃないんだもん」

アンジェラはソファーの上で膝を立てて座っている。
その膝の上にクッション、左腕の順に置き、携帯端末の画面の中のブラッドを睨んだ。

「俺の専門は整形外科だから、病の処方はわかんないけど」
「・・・」
「そのアンジェラの顔つきから診ると・・・腹ペコ病だな」
「な・・・何よ、そのへんな病名は」

朝、目が覚めてから何も食べていないアンジェラは、ブラッドの適当な診断に、
抱きかかえていたクッションをさらに強くお腹に押し付けた。

「朝から、何も食わずに、クッションでも抱きかかえていたんだろう?」
「うっ・・・」
「で、暇つぶしにオンラインゲームの麻雀でもやって、周りが見えずに振り込みまくって更に不機嫌が加速」
「うっ・・・な、なによ、勝手なこと言わないでよ」
「あはは、まあ俺だったら、そういうパターンになりそうだな・・・ってことだ」
「もう、ブラッドと一緒にしないでよ」

アンジェラは図星をつかれながらも適当に反発を繰り返す。

「今さ、赤いワゴンのクレープ屋の前にいるんだよ」

ブラッドがアンジェラに車が観えるようにカメラの角度を変えた。
画面の中には美味しそうなクレープを持ち帰るカップルの姿が観える。
何組もの人垣に混じって、白銀の長い髪のヴァレンの後姿を見つけた。

「あ、美味しいのよね、そこのクレープ屋さん・・・」

アンジェラは抱えていたクッションを左側に置き、半身を乗り出して、画面に映し出された絵に見入った。

「あと、20分待ちだってさ・・・アンジェラの分を注文しても間に合うぜ?」
「・・・」
「身支度整えて、いつでも出かけられる準備は出来てるんだろう?」
「・・・」

ブラッドの指摘通り、アンジェラはいつでも外出できる格好は出来ていた。

「ふふふ、アンのことをよく理解しているようじゃの、ブラッド君は」

アンジェラの後ろからクルツリンガーが声をかけた。

画面の中では、ヴァレンがブラッドと会話をしている。
ワゴンに向かって指を指しているヴァレンの姿を羨ましそうに見つめた。

「ヴァレンは、何を注文したんだろう…」
「きっと、アンの好物と同じでイチゴのたくさん入った生クリームのやつじゃな」

画面のこちら側を指差しながら、ブラッドがヴァレンに声をかけている。
ヴァレンが近づき、ブラッドの左腕を取ると、画面にヴァレンが現れた。

「ほら、アン。早く来ないと、アタシがイチゴのクレープを2つとも食べちゃうわよ」

不意に『アン』と呼ばれて、アンジェラは言葉を失った。

「本当に、アンタの頑固なところは、昔から変わってないわね」
「ガキの頃から頑固者の常連かよ、早く来ないとクレープだけじゃなく、俺もヴァレンティーネ様に食べられちゃうぞ」

ヴァレンの頬にぶつかる位近くに顔を寄せたブラッドが、こちらを覗きこんでいる。

「おお・・・ヴァレンがお前のことをアンと呼びおった・・・」

アンジェラの肩に手をかけていたクルツリンガーの左手が震えている。
アンジェラの瞳には大粒の涙が溢れ、画面に映る二人の姿がぼやけてきた。

「おねえちゃん…」
「二番街3のストリートの東側よ。パパ、アンをお願いね」
「じゃあな、アンジェラ」

ヴァレンの体が反転しワゴンに駆け出したところで、ブラッドの顔が画面に大きく映り、通信が途絶えた。

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