プラチナブルー ///目次前話続話

クレープと十字架と
April,10 2045


20:00 トッティの店

「あ〜美味しかったわ」
「うんうん、もう食べられない」

ヴァレンと円香は、デザート用のスプーンを皿の上に置くと、
背もたれに背中をつけ両腕を天井に伸ばした。

「ご馳走様、トッティ。今まで食べたお料理の中でも最高級だったわ」
「ありがとうございます。ボス」

トッティが皿を下げながら満足そうに微笑んでいる。

「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい。車の用意が出来ましたら声をかけます」
「ええ」

トッティはスタッフの指揮をマリーに任せ、下膳をさせている間に、円香をホテルに送る準備を始めた。
ヴァレンと円香はグラスを片手に語り合っている。
ブラッドが手洗いから席に戻ってきた頃には、トッティの用意が整っていた。

「じゃあ、私はホテルに戻るから、ヴァレン、後はお願いね」
「ええ、また明日、よろしくお願いするわ」

「ブラッド君、ヴァレンに夜用の課題を渡しているから、頑張ってね」
「はい、シーナ先生、今日はありがとうございました」

「ヴァレン?今日は歩いて帰れる?」

トッティがヴァレンを冷やかすようにウィンクをした。

「きゃはは、今夜は大丈夫よ、それに歩き疲れたら、ブラッドに背負ってもらうわ」
「なんなら、どうぞ、この背中に乗ってください」

ブラッドが方膝を付き、背中側に両腕を回した。

「あはは、ブラッド、大丈夫よ。さあ帰りましょう」

円香がトッティの用意した車の後部座席に乗り込み、車が動き出してその姿が見えなくなると、
ブラッドが月明かりの照らす空を見上げた。

「凄い人でしたね。シーナ先生は・・・」
「本当ね、年齢はアタシの一つ上なのに、自分の世界をしっかりと持っていて」
「ええ、世の中にはああいう人もいるんだ・・・って驚きの連続でした」
「うんうん アタシも頑張らなきゃ・・・」

ヴァレンが右手に持ったセカンドバックの皮の紐をくるくると回すと、バッグが何度も弧を描いた。

「いい笑顔ですね」
「うん?」
「いえ、なんだか、久しぶりにヴァレンティーネ様の嬉しそうな顔を見たような気がします」
「あら、そんなにアタシ怖い顔をしてた?」

眉間に皺を作ってヴァレンがブラッドを見上げた。

「あはは、何だか憑物が取れたような爽快さが、表情に出てましたから・・・」
「そう・・・ブラッドったら、よく見てるのね」
「そりゃ、ヴァレンティーネ様と居るときは、一瞬たりとも見逃さないように、見まくりですよ」
「あはは、見まくりって・・・」
「お蔭で、瞬きするのも忘れて、目が乾いて大変ですよ」
「きゃはは、いつも面白いわね、ブラッドったら・・・」

夜風に靡く白銀の髪を右手で押さえながら、ヴァレンが立ち止まった。

「ん? ヴァレンティーネ様、いかがなさいました?」
「ほら、ブラッド、何だかあっちから、いい香りがする・・・」

ブラッドはヴァレンの指差すほうへ顔を少し上げ、クンクンと匂いを辿ってみた。

「あ、クレープの匂いですね」
「甘い香りね〜」

二人が四つ角を右に折れると、後方の扉を上に開いた赤いワゴンの前に人だかりが出来ていた。

「移動式のクレープ屋ですね」
「本当だ、ブラッドは食べたことがある?」
「ええ、サッカーの練習の帰りに腹ペコでいつも買ってましたね」
「いいな〜アタシは、教会の前をあの車が通るんだけど、買えなくてね。いつも羨ましそうに眺めてたな〜」
「それなら・・・あの列の後ろに並びましょう」

ブラッドが赤いワゴンを指差し駆け出した。
高いヒールを履いているヴァレンはゆっくりとブラッドの走った後を追うように歩を進めた。

7組ほど待っている列の後にブラッドが並び、その後、3組ほどがブラッドの後に続いた頃、
ヴァレンが手招きをしているブラッドの元にたどり着いた。

「凄い人気ね〜」
「ええ、突然現れて、次にいつ来るかわからない移動式のワゴンですから、人気があるんですよね」
「なるほどね〜」
「ヴァレンティーネ様、開いた扉に掛かっているメニューは見えますか?」
「ええ、見えるわ・・・何にしようかな〜」
「チョコや生クリーム、フルーツを包んだデザート系と野菜とチーズやバターを包んだスナック系とがありますよ」
「あはは、本当だ。詳しいのねブラッド」
「ええ、どちらもお勧めです。というかどっちも食べましょう」
「そんなに食べられないわ」
「大丈夫ですよ。残ったら僕が引き受けます」

手際よく円形の鉄板の上で作業をしているスタッフの姿が、並んでいる人の垣根の隙間から時折見えた。

「アタシもね、子供の時は、クレープ屋さんになりたかったんだ」
「いいですね〜ヴァレンティーネ様が作るクレープ屋さんだったら、僕、一日5回は通いますよ」


20:10 クルツリンガー邸

「は〜、また振り込んじゃった・・・つまんない」

アンジェラは自宅の部屋で、オンライン麻雀を一日中黙々としていた。
時間と時間の狭間で、自分の左腕の携帯端末を開いては見るものの、
ブラッドからもヴァレンからも連絡は入っていなかった。

「あ〜なんだか、ズル休みしたら、明日からも行き難いな〜」

アンジェラは右手に持っていた操作用のリモコンを放り出すと、ソファーに身を深く沈め、大きなため息をついた。

「アン、具合はどうだ?」

アンジェラの父、クルツリンガーがソファーの後ろ側の扉から声をかけた。

「ごめんね、パパ。私、どこも悪くないの」
「ふむ・・」
「だけど、体も心も凄く重いの」

アンジェラはソファーの備え付けてあったクッションを抱きかかえて呟いた。
その時、アンジェラの左腕の携帯端末が着信を告げる光を放った。

「あ、ブラッドからだ・・・ どうしよう・・・」

アンジェラはその光を呆然と見つめながら応答するか戸惑っていた。
部屋に入り、アンジェラの向かい側に座ったクルツリンガーがテーブルの上でカードを開いた。

「アンや・・・ワシの占星術によれば、その電話に出ると明るい未来が見える・・・と出とるぞ」
「もう、パパったら・・・その怪しい術が当たったためしがないのに・・・」
「ふふふ・・・そろそろ当たる頃じゃろうて・・・ほら、出なさい。運命に逆らっちゃいかん」
「あ〜ん、もう、私は今、神様にでも猛烈に八つ当たりしたい気分なの」
「なんという恐ろしいことを・・・」

クルツリンガーは神妙な顔で白い髭を指で触れると、そのまま十字架をきった。

「主よ、こんな罰当たりな娘をお許し下さい・・・」
「やめてよ、パパ、私を罪人呼ばわりするのは」

クッションを抱えたまま、アンジェラは渋々左腕の端末の応答スイッチに指を触れた。

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