額の傷跡 April,10 2045 9:00 ファンデンブルグ研究室 「おはようございます」 「おはよう」 ブラッドが眠そうな目を擦りながら、肩をほぐすように頭を振っている。 ヴァレンはいつもと同じ白衣を纏い、窓から吹き込む春の風に髪を靡かせながら微笑んだ。 「あら?、ブラッド一人なの? アンジェラは?」 「布団の中で貝になってました。今日は休みにしたいって・・・」 「そうなの・・・」 アンジェラの休みを聞いて、ヴァレンはコーヒーを準備するために身を翻した。 「あ、ヴァレンティーネ様」 「なに?」 「トッティからの伝言で・・・」 「うん」 『ジパングからの客人を出迎えに空港へ向かったということ。 午後から、空輸されてくる麻雀卓と用具が届くということ。』 という伝言をブラッドはヴァレンに伝えた。 「あら、行動が早いのね、ありがとう、ブラッド」 「ええ」 「朝食は摂ったの?」 「いえ、アンジェラが眠ったままだったので・・・」 「そう、じゃあ、何か作ろうか?」 ヴァレンからの申し出にブラッドは嬉しそうに答えた。 「う〜ん、お腹も空いているんですけど、それよりも・・・」 「うん」 「麻雀を教えてください。昨日も課題がクリアできてなくて・・・」 「あら、熱心なのね・・・」 ヴァレンがコーヒーを注いだカップをブラッドの目の前に置き、 ブラッドの座っていた右側の椅子を引いた。 ブラッドは差し出されたカップの温もりを確かめるかのように両手で持った。 「俺、昨日の夜、あんまり眠れなくて・・・」 「あら、アンジェラの寝顔に見惚れてたの?」 「あはは、冷やかさないで下さいよ、それも少しはあるけど・・・」 「うふふ、正直ね、ブラッドは」 ヴァレンが、カップを口元につけテーブルに置いた。 「ヴァレンティーネ様、俺達がこの予選で相手に負けるようなことがあったら・・・」 「うん」 「その時は、俺もお役御免で、2週間でヴァレンティーネ様ともお別れですか?」 「・・・考えたことも無かったけど・・・そうなるわね」 「やっぱり・・・」 ブラッドはテーブルの上のカップを両手で持ったまま打ちひしがれたように俯いた。 「俺、昨日眠れない時に、色々と考え事をしていて・・・」 「うん」 「きっと、ヴァレンティーネ様は、今回のジパング行きの件や、論文のこともあって、 研究室に戻られたのかな・・・と思ったんですよ」 ヴァレンはテーブルに右肘で頬杖をつき、無言でブラッドの横顔を見つめた。 「だから、俺、もっと強くなりたいんです。強くなって、ヴァレンティーネ様の夢を叶えたい・・・ そしたら、2週間だけじゃなくて、ずっと一緒にいられるから」 「ありがとう、ブラッド、素敵な考えだわ」 ヴァレンは立ち上がると、半歩進み、ブラッドの茶髪の頭に左の掌を回して、自分の胸元に引き寄せる。 ブラッドの額が、ヴァレンの胸元に埋もれた。 「ヴァレンティーネ様、俺、頑張ります」 「うん、うんうん」 2度、返事をしたヴァレンを見上げたブラッドの額には、白衣のボタンの跡がついていた。 |