未来への決断 April,10 2045 1:00 トッティの店 「おかえりなさい、オーナー」 「ただいま、店を開けちゃってごめんね。これ、掛けておいて」 「はい」 トッティが扉を開け、店の中に入ると、声を掛けてきたウェイトレスに車のキーを預けた。 レジ奥からカウンターに入ると、仰け反るくらい驚いた声を出した。 「ヴァ、ヴァレン・・・」 カウンターではヴァレンがカクテルグラスを揺らしながら座っていた。 「あら、トッティ、おかえり、思ったよりも早かったわね」 「おかえりじゃないわよ、アンタ。あの子達が血眼で探していたわよ」 「えへへ、でもトッティが上手く辻褄あわせしてくれたんでしょ?」 「そりゃあ・・・全く困った子ね。アナタは・・・」 「うふふ」 悪びれることもなく、気負うこともなく、いつものヴァレンの姿に、トッティは苦笑いするしかなかった。 「でも、アンタ、アンジェラの家で、見たんでしょ?」 「写真のこと?」 「そうよ、何か思い出したの?」 「ん〜、思い出すも何も・・・だって、目覚めたらアタシの生まれた家の、しかも当時のままの部屋に居るじゃない。もう、びっくりよ」 「あはは、びっくりって、アンタ。覚えているわけ?」 「ちょっと、一度に質問攻めにしないで・・・アタシだって混乱しているんだから・・・」 ヴァレンは、グラスを口につけてからテーブルに置くと、ポーチから煙草を取り出した。 細長い煙草を箱から取り出し指先で挟むと、トッティの差し出したジッポの火に息を吸い込んだ。 「ふ〜」 ジッポの火を消さず、トッティも胸ポケットから煙草を取り出すと火をつけ、カウンターに灰皿を置いた。 くわえ煙草のまま、自分が飲むためのグラスに氷を無造作に入れ、バーボンを注いだ。 「あら、懐かしいわね、そのバーボン」 「覚えてる? このフォア・ローゼス」 「うん、ローゼンバーグ神父がケンタッキー州からのお土産に、と貰った奴を棚からこっそりと盗んだのよね」 「そうそう、ヴァレンたら、一杯飲んだだけでひっくり返ったのよ」 「あはは、だって、トウモロコシのジュースかと思ったんだもん」 「うふふ、アタシね、11歳だったアンタとのあの時が、生まれて初めての乾杯だったのよ・・・だから、それからはずっとコレね」 「へ〜、じゃあ、いつか舞踏会で四輪のバラをつけた素敵な女性が現れるかもね」 「何云ってんのよ、アタシの夢は、アタシが薔薇をつけて素敵な男性にプロポーズされることよ」 「きゃはは」 「随分と懐かしい話ね・・・」 「ね、」 ヴァレンは楽しそうに首を左右に振りながらトッティに微笑んだ。 「アタシさ、アンジェラ達のこと、ローゼンバーグ教授から聞いていたの」 「・・・そっか、ローゼンバーグ神父は、ヴァレンの大学の教授もやっていたんだものね」 「そう・・・」 「じゃあ、何で、久しぶりの我が家でゆっくりしてこなかったのよ・・・」 「ん〜〜。なんていうか・・・ねえ、トッティ。アタシの夢、知っているわよね」 「ええ、新しい論文を書いて終身在職権を手に入れることだったわよね・・・そのためのジパング行き・・・」 「そう・・・、だからね、今は家族との再会を手拍子で喜んで・・・目の前のこのチャンスを逃すわけにはいかないの」 ヴァレンが、神妙な表情で決意を語る。 「家族との再会よりも、自分の夢か・・・」 「そんな風に云わないで、アタシだって辛いんだから・・・」 「ん、わかっているわ、ヴァレン。今、再会を祝って・・・なんてことになったら、あっちこっちのパーティに引っ張りまわされて・・・」 「うん、ブラッドやアンジェラの指導どころじゃなくなるわ・・・」 「そうよね・・・アンタも大変ね」 「だけど、あと2週間よ。決まれば、何もかもがうまくいくわ」 「・・・しかし、あの子達、まだ、覚えたばかりなんでしょ? 本物の・・・なんだっけ、麻雀か・・・、その経験も無いみたいだし」 「うん、不安なのよ、あの子達、凄く頭はいいんだけど、2人ともとても素直だから・・・なにせ、騙し合いのゲームだからね、ある意味」 「・・・じゃあ、実戦のための先生の手配をすればいいのね、アタシは・・・」 「うふふ、さすが、アタシの王子様トッティ。ご名答〜」 そういうと、ヴァレンはグラスをトッティの持つグラスに重ねた。 澄み渡る音が、客のいない店に鳴り響いた。 「やめてよ、王子様だなんて、アタシはお姫様がいいの。ヴァレンこそ王子様になってよ」 「きゃはは、無理言わないでよトッティ。アタシは女王様目指しているんだから」 「じゃあ、今夜ジパングのボスに伝えて、講師を派遣してもらう手配をしておくわ」 「きゃ〜トッティ、ダイスキ。ありがとう」 「いいのよ、ヴァレンには今まで守ってもらったお陰で、今日のアタシがあるんだから・・・」 「大袈裟ね〜トッティは」 「まんざら、そうでもないわよ、アタシの友達はヴァレンだけだったし・・・」 トッティが、いつになく真面目な顔をしてグラスを揺らしている。 「じゃあ、トッティ。出来るだけ厳しい先生を用意してね、と伝えてね」 「わかったわ・・・だけど、男前だったら、アタシが頂くわよ」 「きゃはは・・・アタシとトッティは、いつも半分ずつよ」 「うふふ、覚えていてくれて嬉しいわ・・・」 トッティが、グラスのバーボンを男らしく飲み干すとヴァレンは大きな拍手をした。 「明日、9時に研究室にアンジェラとブラッドを送り届けるわ」 「うん、ありがとう。じゃあお化粧直しをしてから帰るね」 「ええ」 ヴァレンは化粧室の鏡の前でルージュを引きなおし、鏡の中の自分に言い聞かせた。 「アタシの大嫌いな、太ったあの女には絶対に負けないわ・・・」 |