1/10オンス金貨 May,4 2045 5月4日 21:30 神戸 東1局 1本場 南家 持点1,000点 思わぬ形に放縦した俺は、残り1/10オンス金貨1枚となって失意の底にいた。 オンラインゲームだと『イライラする感情』が生まれるものの、 牌を握っている時には、『怒の感情』は生まれず、『哀の感情』に抱きしめられる。 どういう形であれ、あがった相手に対しての感想よりも、 振り込んだ自分を激しく叱責したい気持ちに包まれていた。 重たい気分で1本場の牌を4枚ずつ取り、理牌した。ドラは9ソウ。 仕掛けても、南・ホンイツ・ドラ2のマンガンが見える配牌。 (1,000点が9,000点に増えたところで状況は変わらない・・・) 自分を戒めるように面前で仕上げることを決めて打つことにした。 親の1打は南、無反応でスルー。 ツモ7ソウ、下家、白。対面、西。 2順目、親は、発。 ツモ4ソウ、下家、発。対面、西。 「ちぇ、またカブリかよ・・・」 「清原君は、よほど、字牌に愛されているらしいな」 先ほどと同じ展開に清原の打牌が強くなる。 「そういえば、戸田社長、最近、好きでもない女に付きまとわれてるんですよ」 「ほほう、清原君も隅に置けないな」 「勘弁してくださいよ、使えない字牌と同じっすよ。全く」 戸田が大きな声で笑った。 「誰彼に、愛想振りまいて、勘違いさせているんじゃないのか?」 「そりゃ、女性に優しくがモットーっすから」 下家の池本の皮肉っぽい言い方にも、清原は笑いながら切り返す。 3順目、4順目とツモ切りした後、 5順目に親の戸田が、一瞬手を止めて左端の1ソウを捨てる。 俺のツモは南。 闇でも低めハネマン、高めバイマンの聴牌。 普段なら当然、闇に構えるものの、ノータイムで右端の牌を横に向ける。 「リーチ」 「へ〜、ここでなけなしの1/10オンス金貨(1,000点)を使ってくるのか」 「ええ、迷わなくていいですから」 「なるほど、ある意味潔いな」 戸田と清原と一言交わした後、池本の2ピン、清原の白と続いた。 戸田が山に手を伸ばすと、一番左の牌に手を掛けた。 (左端から出てくるのは、1ソウのトイツ落としか、ペンチャン外しの2ソウか・・・) 「ほう、こう来たか・・・俺も親だし、追っかけるか・・・」 戸田は、俺の河をチラッと見た後に、 左側のコインケースの外側に積み上げられている1/10オンス金貨を一枚取り出し卓上に置いた。 俺は、膨らむ期待のすぐ後に、戸田のリーチ宣言に嫌な予感がした。 「リーチ」 「ロン」 無意識に13枚の手牌を倒した俺。 「げっ」 「あっ」 卓上に零れた清原と池本の声。 裏ドラに手を伸ばし、全員に見えるように置いた牌は 東。 「3倍満、24,000点です・・・」 部屋が一瞬にして静まり返った。 無言の戸田が、俺の目の前に、24,000点分のコインを置いた音で、再び時間が流れ始めた。 「やるな、若いの・・・名は?」 「椎名・・・椎名龍正です」 「うむ、その名前、覚えておこう」 俺は自分の上がった手よりも、戸田の振る舞いに感動を覚えた。 |