トイツ落とし May,4 2045 5月4日 21:25 神戸 思わぬ配牌を手にした俺は、開幕早々、仕掛けてもいいものかどうか迷っていた。 初対戦の面子、しかも三上の代打としての接待。 主役は他の3人だということもあって、一回戦は、様子を見ながら打とうと決めた。 他の3人の関係はわからない。 左の男が起家で始まった一回戦。 その男は、グレーのシャツに白髪混じりのオールバック。 50歳代前半で背丈は低いもののがっちりとした体つき。 慣れた手つきで、西、3ピンと牌を河に並べる。 右の男は、銀縁の眼鏡を掛けた気難しそうなタイプの男。 40歳代半ばといったところか、ストライプのシャツに茶系のネクタイ。 少し強い打牌で、9ピン、白と河に置く。 対面の男は、40代前半の色黒の小太りの男。3人の中では一番若そうに見える。 中ジョッキを左手に持ったまま、 1枚目の北を静かに河に置き、2枚目の北を叩きつけた。 「あちゃ〜俺の風だ。畜生め」 「いいツモしているじゃないか。清原君」 手の中から、3枚目の北を河に置きながら、左の男は笑った。 「戸田社長、今日は負けませんよ」 清原と呼ばれた対面の男が、息巻いて山に手を伸ばすと、 「なんだ、こりゃ」 清原はさらに、強く牌を叩きつける。 対面の河には、北が3枚並んだ。 「相変わらずの豪腕なツモだな。清原君にはいつも四暗刻でやられるからな」 「くっそ〜ついてねぇな〜」 そんな二人のやり取りを見ながら、右の男が眼鏡の中央に中指をあて、口元を右に動かした。 俺は4順ツモ切りが続いた。 「鳴けるものなら、鳴いてみやがれ」 対面の男は、ドラの東を叩き付けた。 一鳴きするつもりはなかったものの、無意識に体が反応した。 「ん?兄さん、鳴くのかい?」 「・・・いえ」 「そうか・・・まあ、兄さんも気楽に打て」 戸田は俺の河をちらりと見て、山から引き寄せた9ソウを横に向けた。 「リーチだ」 一発目に掴んだのが4ピン。 (うわ、なんて牌を持って来るんだよ。・・・手が全く進まないし、回ろう 親のリーチに対して選んだのは・・・トイツ落とし) 「ん?・・・ロンだ」 戸田は意外そうな顔で俺の河を見て、手牌を倒した。 (おいおい、ツモ切りなら、清原って男の東で当たりじゃねーか・・・最悪だ) 「倍満、24,000点だ」 「あらあら、対面の兄さん、トイツ落としか? ついてねーな」 対面の清原が身を乗り出した。 「戸田社長も人が悪い・・・しかし、君、三上君の紹介とはとても思えないな」 そう言ったのは、右の男だ。 「まあ、そう言うな、池本。現物が無かったら、落としたくなるところだろう」 残り1,000点 俺は東に手をかけた自分を呪った。 「頑張ってよ、椎名君」 右後方で牌譜をつけていたのが、立花だということに初めて気づいた。 不安そうな顔で見つめている彼女の視線が痛い。 俺は、途端に家に帰りたくなった。 |