プラチナブルー ///目次前話続話

On-line Casino Bar Freedom
May,4 2045

5月4日 21:10 神戸 
 
地下駐車場から階上へ向かうエレベーターのボタンを立花が押し、
まもなく扉が開くと、立花は先に入り、椎名龍生を誘導した。

「さあ、いきましょう」

立花さんの声に悲壮感はない。
だが、先ほどまでの明るい表情は影を潜めていた。
その筋の人達との麻雀は、初めてではないものの、目的の場所が近づくにつれ、
俺は、いつしか緊張のあまり、鼓動の高まりを感じていた。


三上さんからの話を思い出しながらまとめると、
『誰かを一人勝ちさせずに平たくしろ、金のことは心配しなくいい』
ということ。

自分は勝たなくても、他の3人が、『程よく競い合える状況を作れ』
ということなのか?・・・。
果たして、接待麻雀なんてものは、そういうことなのか?
たくさんの疑問符が脳裏をよぎる。

本来は三上さんが打つはずだった訳だから、
彼ならば・・・『他の3人を競い合わせながら、自分が最後はほんの少しだけ勝つ』
というシナリオで打つんじゃないのか?

(ああ、わかんねえや。)

俺は、三上不動産の立花と名乗った女性の後姿を、瞳に映しながらも、
頭の中では、これからの戦うスタイルを考えていた。

エレベーターの扉が俺達二人を乗せ、ゆっくりと動き始めると、
立花は、肩にかけていたバッグを床に置き、何かを取り出そうとしている。

その時になって、ようやく頭の中でごちゃごちゃと考えていた思考回路が、
目の前にしゃがみこんでいる立花の動きとシンクロするように、現実へのスイッチに切り替わった。

「はい、これが今夜の軍資金」

立花から手渡されたのは、ティッシュペーパーの箱の大きさの木箱。
それを受け取ると、見た目よりも遥かに重く、両腕が一瞬5cmほど下がった。

(この重さからすると、硬貨か?それともメダル?)

「中には、4種類のコインが入っているの・・・」

(ああ、コインか・・・)

「そのコインは、点棒代わりね。
1/10オンス金貨は1,000点棒、1/4オンスのプラチナコイン5,000点棒
1オンス金貨は10,000点棒、1オンスのプラチナコインは、半荘精算の時に使って。
ラスがトップに3枚、3位が2位に1枚。ルールは店に入れば、説明を受けるわ」
「はあ」

よくわからないまま、俺は立花の説明に生返事をした。
1オンスのプラチナコイン1枚の価値は、俺の1ヶ月分の給料とほぼ同じだ。
Bar雀で椎名景次から、初めて受け取った給料が、まさに、それだった。

37階でエレベーターは止まり、扉が開いた。
目の前には真紅の豪華な絨毯が奥の部屋まで続いている。
一歩、足を踏み出すと、いつの間にかサングラスをかけた男が左右に立っている。

「失礼ですが・・・」
「三上の代理の椎名です」

俺より先に返事をしたのは立花さんだった。

「椎名様、ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ・・・」

黒スーツに黒のネクタイ、一瞬で、一流の接客をうかがわせるその雰囲気に、
鉄火場というよりも、カジノに近い感覚を俺は受けた。

2人の男に続いて、立花さん、俺の順に奥の部屋の正面まで歩いた。
扉の上には『On-line Casino Bar Freedom』のプレート。
男達は立ち止まると、2人が両脇にそれぞれ立ち、同時に扉を開いた。

「どうぞ、中へお進みください」

案内された店の中は、歩くには不自由しない程度の明るさではあるものの、
店全体の広さや、座席数が推し量れないくらいの薄暗さだ。

天井には光がない。
足元には空港の誘導灯のような青い光が小さくちりばめられている。
右手には、バーカウンターの黄色い照明。
左奥には200インチほどのプラズマ画面の青白い光が輝いている。
その青白い光は瞬きするように、時折、画面の明暗が切り替わり、明るくなった瞬間には、
手前側に3人の男と1人の女性のシルエットを映し出していた。
彼らが、オンラインカジノの麻雀に興じ、BETしているのは遠目でもわかった。

「いらっしゃいませ。こちらへ」

視界の外側から突如現れた女性に声をかけられた。
その女性は右手をバーカウンターの椅子を指し、そこに座るよう促した。

「お連れ様には、別室で待機していただきます」

目の前の女性の言う『お連れ様』が、麻雀相手ではなく、
立花のことを指していたことに気づいたのは、椅子に腰を下ろしてからだった。

いつの間にか、先ほどまで一緒だった立花さんの姿が見えない。

「今夜のルールを説明いたしますので、先にメニューを・・・」

女性が差し出したのはドリンクメニューだ。
俺は一寸、受け取ったものを開いたが、すぐに閉じ、ミネラルウオーターをオーダーした。

目の前の女性は、手際よくテーブルセットを済ませると、ルール説明を始めた。

「点数のやりとりは100点棒のみ通常の点棒を使用します。が、他はコインを使用します。
1/10オンス金貨は1,000点棒、1/4オンスのプラチナコイン5,000点棒
1オンス金貨は10,000点棒として使っていただきます。
25、000点持ちの30,000点返し、差額の5,000点分はトップ総取りです。
24,000点分のコインを卓上左側のボックスにお入れください。
本日のレートは全てコイン精算となっております。
食いタン有り、字牌の後付有り、赤ドラは各5に一枚ずつ計3枚。
一発、裏ドラ、カンドラ、カン裏有り。パオの場合は責任払いです。
役満祝儀はツモ時、1オンス金貨1枚オール。ロン時は当事者間2枚移動です・・・ここまでで、ご質問は?」



「いえ、何ゲーム制ですか?」

俺は細かいルールよりも、一体いつ解放されるのか・・・それが気がかりだった。

「回数に制限はございません。ただし・・・
スタート時には皆様、1オンスプラチナコイン12枚をお持ちです。
それが残り3枚以下になると精算ができなくなりますので、
どなたかが残り3枚になった時点で次の勝負の結果如何にかかわらず、次節が最終戦となります。

「・・・ということは、最短で4回?」
「おっしゃる通りでございます」
「喫煙は?」
「結構です。他の方もお吸いになります」
「休憩は?」
「1回戦終了ごとに、お申し出があれば10分間設けます」
「・・・イカサマや積み込みは?」
「ご遠慮願っております。・・・4名の女性を採譜者として置きますのでご安心ください」


5月4日 21:25 神戸 

1回戦 東1局 南家

開幕戦の配牌



(俺が、あがってもいいのか)

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