プラチナブルー ///目次前話続話

Man Always Remember Love
May,4 2045

5月4日 18:30 博多

龍正の叔父、椎名景次はフロントガラスの向こうに見える青い海の水平線を眺めていた。
やがて、三上と景次を乗せたメルセデスは高速4号線から高速1号線へと合流し、
青い海原の風景は、三上の舎弟、三郎の運転する車の正面から後部座席の右側の窓の向こう側に移動した。

「マスター、博多は初めてかい?」
「ガキの頃の修学旅行以来だね」

三上がマルボロを口にくわえると、景次は左手で火をつけた。

「三上ちゃん、Marlboroってどういう意味か知っているかい?」
「いや?」
[Man Always Remember Love Because Of Romance Only]の頭文字の略でさ、
[男はいつも真実の愛を見つけるために恋をするんだ]ってことらしいぜ」
「へ〜、そりゃ初耳だ。いいことを聞いた。おい、三郎、知っていたか?」
「まさか・・・マスター、その外国語、紙に書き出して下さいよ。とても覚えられない・・・」
「全くだ。2枚書いてくれ」

三上が、スーツの内側からペンを取り出し、景次に渡した。


椎名景次(しいなけいじ)41歳 遼平と龍正の父の弟(異母兄弟)
兄とは母親が違う為に普段はほとんど交流がない。
が、政治家だった父が兄も景次もどちらも可愛がってくれたため、
兄の子、遼平と龍正は幼い頃から知っている。
BAR雀は亡くなった母親の遺物。独身。


三上龍也(みかみたつや)41歳 株式会社三上不動産代表取締役
不動産会社は表向きであり、実態は神戸の某暴力団幹部
所属する暴力団の組長が、政治家である景次の父と深い親交が有り、
景次には義理堅く接している。
組の代打ちの稼ぎ頭でもあるが、人材不足の為、継承者を探している。独身。
三郎(28歳)は三上の舎弟。建前は、会社の不動産部門営業主任の肩書き。



「しかし、探し出すのに時間がかかるかと思っていたけど、見つかって良かったな」
「本当だ、三上ちゃんには世話になりっぱなしだ」
「いいってことよ、何年つきあっていると思っているんだ」
「繭香(まゆか)の件以来だから・・・もう12年か・・・どの女よりも長いつきあいだ」
「ははは 違いない」

「社長、そろそろ取引先に到着します」
「おう、ご苦労。マスター、これから都市開発の件で打ち合わせがあるんだ」
「わかった、中州あたりでぶらついておくよ」
「女遊びするなら、ネクタイはしていけ。ほら」
「ありがとう」
「そういや、マスター。携帯端末機持ってないのか?」
「ああ」
「連絡が取れないじゃないか。おい、三郎、お前の左腕のソレをマスターに預けとけ」
「はい」

三上は、スーツケースからブルックスブラザースの黒のネクタイを取り出した。

「200年物のネクタイブランドはこいつと、エルメス、ティファニーの3社だけだぜ。メモしとくか?」
「ははは 頼むよ」

今度は、三上が得意そうな顔で目を細めた。


5月4日 20:30 博多

「社長、お疲れ様でした」
「おう、さて、マスターを迎えに行くか」

二時間弱の打ち合わせが終わり、料亭を出た三上がメルセデスに乗り込んだ。
景次に連絡を入れようと携帯端末を開くと、留守番機能の着信ランプが点滅している。
三上は、再生用の青く光るランプを押した。

『三上ちゃん、戸田だ。今夜の約束、8時じゃなかったっけ?連絡まっているぜ』

「あ、しまった」
「どうしたんですか?社長」
「いや、出張続きだったから、戸田社長達との麻雀の約束を忘れていたな」
「例のオンラインカジノに絡んだ連中ですね」
「ああ、困ったな・・・神戸には接待打ちができる舎弟がいないぞ」
「・・・あ、そうだ、社長。接待麻雀だけなら、例のBar雀の若造はどうですか?」
「おお、それは妙案だ。たまには頭を使うじゃないか三郎」

三郎は、バックミラーの中の三上に向かって微笑んだ。




5月4日 20:35 神戸 

独りきりの晩飯が終わって、22時からの仕事前に喫茶店でコーヒーを飲んでいると、
俺の携帯端末に見知らぬアドレスからアクセスがあった。
先日、Barに来た三上さんからだった。

「おう、龍正か。久しぶりだな、今、どこに居る」
「三上さん、その節はありがとうございました。今、三宮の茶店です・・・」

『景次叔父貴からアドレスを聞いて連絡を入れた』という三上さんに、
俺は先日、勝ち分以上の金を受け取った礼を伝えた。
『全自動卓が見つかって明日到着予定で送った』ということを聞いた後、
三上さんが矢継ぎ早に本題に入った。

「利権の関わらない兄弟分だから、万が一の金の心配はしなくていい」
「三上不動産からの送迎の車が、10分後にその場所へ到着する。ナンバーは・・・」
「出来れば、誰かを一人勝ちさせず、場を平たくしろ」
「お前の腕が、戸田社長の目に止まれば、オンラインデビューが早まるぞ」
「先方には、お前が堅気の世界の人間だということは伝えておく」

どうやら、オンラインカジノの麻雀に関わる連中との約束をすっぽかしてしまったので、
三上の代わりに顔を出してくれと言う。
もちろん、俺が断ることはできない、ということを前提に会話は一方的に途切れた。

俺は、迎えの車を待つ間、Bar雀に連絡を入れた。

2コールで繋がった。

『はい、Bar雀でございます』

「詩織さん。龍正です。・・・客はまだ来てないかい?・・・そうか、急用が出来ちまって・・・
今夜は欠勤するから、・・・9時になったらClosedのボードを出して鍵をかけておいてくれ」

『・・はい・・・かしこまりました。・・・出しておきます』


(ヤクザの送迎っていう位だから黒塗りの車で、恐持てのおっさんが来るのだろうか…)

俺は、火の点いた煙草をくわえたまま、ガードレールに座り、両手を手すりに置いた。
黒塗りのそれらしき車は何台も目の前を通り過ぎるが、どれも聞いていたナンバーとは違った。

(三上さんの行くはずだった接待麻雀っていう位だから、強烈な面子なんだろうな・・・)

色々な想像が織り成す動画が、あれこれと頭の中に浮かんでは消える。

左側のウィンカーを光らせ、ゆっくりとスピードを落とした白のセダンが、右手5m位の所に停車した。
運転席からは、仕事中のOLらしき女性がドアを開けている。

(おいおい、後続車がすぐ後ろに来てるよ。危なっかしいな〜。というか、その場所に停めるなよ)

白いブラウス、制服らしき上下黒のスーツを着た女性の慌てぶりを心配をしつつ、
三上の指定した時間から、既に10分が経過している。

車から降りた女性は、歩道まで来て辺りをきょろきょろと振り返っている。
その女性の様子を眺めながら、何気なくセダンのナンバープレートを見た。

(げ、まじ? この車だ)

俺は、靴の裏で煙草の火を消し、その女性に声をかけることにした。

「すみません。三上さんの所の方ですか?」
「え、ええ。三上不動産の立花と申します。椎名様ですか?」
「はい。」
「お、遅くなってごめんなさい。道に迷っちゃ・・・いえ、渋滞してて・・・」

(なんだか、ひどく落ち着きのない人だな。パッと見、可愛いのに・・・)

「どうぞ、乗ってください」
そういうと、立花と名乗ったその女性は、助手席のドアを開けるわけでもなく、
自分が運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

俺は、ドアロックされたままの助手席側のドアの静電気にビリッと来て、思わず手を離した。
その姿を見てハンドルを叩きながら大笑いしている女性。
が、自分の任務を思い出したのか、慌ててドアロックを開けるために運転席側から助手席に、
体と手を伸ばしている女性。

(この人・・・シートベルトしているから、手が届いてないし・・・)


そんな、お笑い劇場のようなヒトコマも、車が動き出し、しばらくすると
これから戦う麻雀を想定し、意識を集中させようと沈黙の中で俺は目を閉じた。

5分ほどすると、目的地に着いたらしい。
地下駐車場に車が滑り込むと、女性がエンジンを止めた。

「さあ、着きました。椎名様、頑張ってくださいね」
「ええ、やれるだけ頑張ってみます」
「椎名様、絶対、絶対、勝ってくださいね」

(え?俺、接待麻雀って聞いてるんだけど・・・)

「だって私が・・・私自身が、今夜の勝者への景品なの・・・」

俺は、その場に立ち尽くした。

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