| 2010年04月20日(火) |
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 再見する 『幸せのレシピ』 |
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 2002年
昨日に引き続きハリー・ポッターシリーズを再見する。
昨日見た『ハリー・ポッターと賢者の石』と同じく
ストーリー的に一見解ったようで、実は何を言ってるんだかよく解らない。
けむに巻いてるなあという印象だ。
しかし『ハリー・ポッターと賢者の石』と同じく映像の力が勝っているのだ。
二作続けて見てふと思った。
この作品は映画というより(もちろん映画なんだけど)
ディズニーランドのような魅力的なアトラクションを
ハリー・ポッターの視線になって、ひとつひとつ
ドキドキしながら巡るアドベンチャーではないか。
そう思って見れば、作品の中心人物であるハリー・ポッターが
終始受身であることや、ストーリー的に辻褄が合ってないところなど、
一旦横に置いておく理由になる。
そういう視点で見ると納得が行くというか、割り切れる。
『幸せのレシピ』 2007年
NHK-BSで録画したのを見る。
良い作品はシンプルに物語を語ることが出来るものだと思う。
(黒澤明監督の言葉にあった。その他、指南書でも読んだ。
なるほどと強く思った事だ。)
その点、この映画を要約して語ろうと思っても
一体何についての物語なのかよくわからない。
料理店に勤めるワーカーホリックの女性シェフが
身辺に紆余曲折ありながら恋人とめぐり合う話・・・
と言えなくもないが、そこが一番フォーカスされてる感じでもないし
ホントに何を言いたいのか全体的にボケボケだ。
まず登場人物たちの動機がわからない。
人間関係においてそれぞれの着地点が不明のまま。
例えばキャサリン・ゼタ・ジョーンズに気のある階下に住む男性への扱いが
失礼過ぎるのでは、と思う。
ただそういう印象を残してしまうだけの場面の存在意味がわからない。
全ての登場人物たちとの関係が確立していないのだ。
ただ、ロマンチックなエッセンス、雰囲気があるから
憮然としつつも、何か見ちゃうってのはある。
(人物描写よりシーンありきが先行したからではなかろうか)
皮肉な言い方をすれば、オトコが添え物的に扱われている
アメリカはやっぱ進んでるねって感じ。
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