| 2009年04月30日(木) |
怒りをコントロールする |
夕方、所用で(買い物など含む)出かける。
午後6〜7時に帰宅。夕食を食べようかという時に始まった。
上階からのピアノ音。大人になってからの手習いか。
最近聞こえ始めた。
数年来、上階からの騒音(無遠慮なかかと落しの足音、走る足音、
ドッスンバッタン掃除音及び扉の開け閉め)に苛立ちや怒りが沸き起こる毎
「こちらも迷惑をかけているかもしれないのだから」と無理矢理自分に言い聞かせ
自分が苛立ちや怒りを感じてしまうのは不相応だと言わんばかりの罪悪感さえ抱き
騒音が響いてくると、かえって身体が萎縮して自分の家なのに身動きが取れなくなっていた。
今はそんな自分に腹が立つのと同時に労ってあげたい気分。
今考えると間違ったやり方で自分の感情を抑えつけていたと激しく思う。
早朝6時、早い時は5時過ぎから
風呂場?洗面所?へ横断する強い足音に続き
そして、カン、コン、ドスンと風呂場の物音(ウォーターハンマー音?)、
そして、ベランダでガタガタ物音を出しながらの洗濯物干しが
毎日のお決まりのコース。
出かける前は何かの儀式か?と思うほど必ず2〜3往復ドスドス走ってから。
怒りが抑えられなくなり壁を叩いてしまったり(半年に一度くらいだが)
あまりの足音、物音に、ドンッとこちらも床に足を打って返したりもした。
しかし、そんなことで変わるような上階宅だったら
最初からこんな振る舞いをいしているわけがないのだ。
そして何よりこれで自分の気持ちが解決するはずもない。
余計に自分の腹立ちの火に油を注ぐようなもの。
怒りを形に変えて発散することは、相手の思う壺?になると思ったり
あるいは、こちらが静かにする事で伝わるかもと先方に委ねる(下手に出る)
気持ちになってしまったり、自分のペースで睡眠が取れないことで
涙で歯を食いしばるような腹立ちの中、そんな紆余曲折な行動や
気持ちを経て、自分のために現実を上手く利用することが現状では
最善と(何とか)思うようになる。
平たく言えば、自分も早朝5時〜6時に起きる。
そして早朝の時間の使い方を考える。プラスに変える。
ナンダカンダ100%納得はしていなくても
長い時間を経て方向性が見えてきたと思っていた所
今度はピアノの音。ピアノの音のあとは足音。そして早朝。
腹わたが煮えくりかえる。
今日は今まで積もりに積もった腹立ち、苛立ち、怒りが爆発したみたいに
怒りの渦中、何も手につかなくなる。
本の1ページでも読もうとするが文字が頭に入ってこない。
怒りで気持ちがなかなか切り替わらない。
とはいえ、以前は怒りの感情に翻弄されるままでいたのが
次第にこの在り方は違う、変わりたいという
モヤモヤとした気持ちを持つようになった。
そして今は課題があると考えるようになった。
「怒りの気持ちをコントロールすること」だ。
現状の受け止め方や対処の方法を理性的に考えて行う。
世の中、大なり小なり腹立ち、苛立つ場面はあるのだ。
おかしな人物は色々なシチュエーションに存在するだろう。
上階宅は、おかしい住人だと思う。
相容れない、相容れたくもないと思う。
理解を超える常識外れに遭遇する毎、何故そんなことが出来るのか
怒りと同時にクエスチョンマークが浮かぶ。
何故そこまで気配りされない筋合いがあるのかと思う。
しかしだからといって、居なくなってくれ、消えてくれと苛立つ気持ちを
爆発させることは「関わり過ぎ」なのだ。
今たまたま上階宅の騒音を問題にしているだけで
前進するためには起こっている事に向き合うことが不可避なのだ。
自分の課題に目を向ける。
自分の思い通りにならない局面に遭遇した時、
ただその場で地団駄踏んでいては何も変わらない。
自分がどういう考え方をして、どういう行動を取るか。
自分がどういうスタンスを持つか。
自分の心の在り方の芯を持つ。ブレないことが全てにつながるように思う。
課題を克服する。
怒りをコントロールする。
自分にとって好ましいと思う良い環境を作る。
なぜ怒るのか?
○他者が気に入らない振る舞いをしている。
○他者が良しとする行動を取らない。
○他者がこうだから〜こうなっている、なった の考え方になっている。
→他者依存の思考回路を止める。
考え方を変えるにはどうしたらよいか?
○様々な(無遠慮、無神経な)他者がいる現実を見る、受け入れる。
○他者が自分の思い通りにならない(のは当り前)と思う。
○考えて行動する。
○善人もいればそうでない人間もいる現実を見る、受け入れる。
○悪意は受け流す。他者の問題だから。
○他者依存になっていないかチェックする。
→他者がこうだから〜こうなっている、なった の思考回路を止めること。
自分中心(自分がどうしたいのかという意味) を考えて行動する。受身を止める。
○自分が少し高い志になって許す。
○「〜するべき」よりも「〜することが好ましい」くらいに考える。
→落ち着いて考えられる確立が上がると思う。
少し前に読んだ河野義行さんのインタビュー記事を思い出した。
「その人が反省するとかしないとかはその人の問題で自分の及ぶところではないという見解だ」
「自分たちが少しだけ高い志を持って許してやろう。そうやって持ちこたえてきた」
(冤罪扱いの渦中、周囲の反応に対して子供たちに話したこと)
河野義行さんがどうやって許してきたのか?許す気持ちを持ったのか?
「許す」ことについて知りたい。
河野義行さんの著書を購入して読みたい。
嫌いな対象から学ぶ。課題とは。
○無遠慮、無神経な振る舞いに気付く。
→思い当たる所があれば直す。 ○こちらは気を使ってやっているのに上階宅はドスドス歩きやがって。
→自分に当てはめて考える。
他者への配慮を考えられていただろうか?
何の差し障りも感じさせない配慮であればあるほど
胡坐をかかせてもらっていたのではないか。
気遣いを身につける。
○嫌な対象にこそ学ぶ課題がある。
→自分の成長のきっかけになると考える。
課題を克服する。
書くことで落ち着いた。
どうしようもなく苛立って腹立っていた気持ちが少し収まった。
そして気持ちを少しずつ整理することが出来た。
「書いてよかったと思う。」
思いつくまま書いた。
とにかく思いつくまま書いた。
だけど自分の気持ちを確認しながら書いたので
足掛け2日?3日?の大作だ。
書いてよかった。
再度整理して書く。
思いつくまま書いたので消化作業が必要だ。
再度整理して書く。
現状を受け入れながら現状を変える。
考えを広げるために本を読む。
5月4日(月)完。
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