朝目が覚めた。何も興味がない。自分に興味がなくなった。自分を愛することができないので、人も仕事も生活も愛することができない。脳にダメージを負って、微細な違いがわからなくなったので、物事に興味を失ったんだと思う。もう何もかも面倒だ。年取ってしまった。急速に衰えてしまい、何も理解できなくなった。何も理解できなければつまらなくなるのは当然だろう。また愛されなくなり、不安にもなるだろう。攻撃されて、苦痛も感じるだろう。職場は私の安全な居場所ではない。酒もうまくない。まして人と飲み会なんて全く楽しくない。飲み会連続断っている。セックスも楽しくない。脳梗塞の薬を飲んで、アルコールを飲んだとき、脳細胞が破壊されて、物事が理解できなくなった。これでは生きていくことが困難だ。仕事も人間関係もうまくやっていけない。取り残される。ついていけない。毎日布団にもぐって寝て暮らしたい。引きこもって暮らしたい。ミクシもtwitterも面白くない。誰も絡んでくれない。いつも発展性のない、同じことの繰り返しだからだ。仕事もクビになる。給料に見合った働きができない。人間関係も維持困難だ。人が怖い。何を考えているかわからず、いつ攻撃されるかわからない。基本的安心感は失われていく。脳に欠損があるらしい。そういう脳にふさわしい人生が訪れたんだと思う。それならそれで、とやかく言われたくない。こんな人間だということで、許されたいと願う。人を愛することができなくなっても生き延びたい。 ゆっくりしよう。焦っても仕方がない。また理解できる日が来るかもしれない。愛することができる日が来るかもしれない。今はできない。できないものをできるふりはできない。 ゆっくりしよう。焦らず一歩一歩進んでいこう。ついていけなくても焦らないこと。善と悪を入れ替えてしまうのだ。スピリチュアルに打ち込むのだ。現世に興味はなくなった。スピリチュアルに生きていこう。 スピリチュアルに生きていこう。悪を憎み、決別しよう。私の両親を奪い、私を精神障害に追い込み、人生の全てを奪った悪が憎い。絶対悪と馴れ合わない。今はつまらない人間になってしまった。自分に興味がなくなった。人に興味がなくなった。世の中や仕事に興味がなくなった。会社にいても何も起こらない。寝ないのは軌跡だ。生きていられるのは奇跡だ。やっぱり脳に障害があるからこんなことになったのだ。善悪の区別がつかずに、悪に魅せられ、、人生台無しにしてしまったのだ。人格が荒廃し、情愛もわからなくなってしまったのだ。些細な悪に喜びを覚えて生きるようになってしまったのだ。悪を憎もう。悪と決別しよう。現世とは関係なくなるけど、スピリチュアルの深い世界に入っていこう。焦らなくても時間はある。ゆっくりとスピリチュアルに入っていこう。 しんどい。ずっと寝ている。人生がわからなくなった。生きる力がなくなった。仕事ができなくなった。あのきちがいに人生むちゃくちゃにされた。理系の人間は思った以上に苦手だ。相手にできない。メーカーで働くというのは大変なことだ。全く頭が働かない。きちがいはともかく、人生が頓挫していることは確かだ。立て直さないといけないのは事実だ。今考える力はない。考えない練習とスピリチュアルに逃げ込むしかない。善だ悪だと大騒ぎしていることはできない。スピリチュアルで良いんじゃないか。難しいことは考えなくて良い。私が職場で受けているのは虐待だ。仕事を与えない。会話しないというのは虐待だ。虐待するものは悪だ。悪と馴れ合ってはいけない。悪とは物理的、社会的、心理的に距離を置き、独立しないといけない。依存してはいけない。しんどい。今は苦しいときだ。生みの苦しみだ。1年半良く猶予してもらったものだ。悪は受け入れてはいけない。自分に危害を加えるものは受け入れてはいけない。 しんどい。くうちゃんに会いに行かないといけない。あまり気が進まない。人に会いたくない。元気がない。仕事嫌だ。やる気が全くしない。あのきちがいだけが嫌なんじゃなくて、病気で元気がなくなっているのかもしれない。元気のない私をあのきちがいは攻撃してきた。危害を加えてきた。虐待だ。姉が私に行ったことの繰り返しだ。絶対許すことはできない。自分より弱いとみると攻撃してくる。本当に卑劣だ。人間ではない。サリンだ。宅間だ。暇つぶしに人をいじめに来ているのだ。地上から消えろ。 くうちゃんに会ってきた。意外に楽しかった。一応普通に過ごせたのが良かった。でも疲れているのは確かだ。今日は早く寝よう。 あの姉は何だったのか。私を嫌い攻撃してきた。人は虐待される必要はない。この世がどんなに過酷であろうとも、人は虐待されてはならない。仕事は大変だ。くうちゃんにテキストを見せてもらった。すごい漢字ばっかりで、難しそうだった。目が泳いで、一文字も入ってこなかった。脳がダメージを受けている。これからはスピリチュアルに生きていこう。 思い通りに生きたら良いんじゃないのか。思い通りに生きていれば危害を加えられることは避けられる。我慢なんかする必要はない。善人である必要はない。今日は早く寝よう。 しんどいけど頑張って生きていこう。くうちゃんも頑張るって言ってくれたし。私も頑張らないと。 仕事しんどい。小さい頃から、変な奴オンパレードだった。世の中のダークサイドを見せ付けるきちがいばかりが私の周りに集まってきた。きちがいみたいな奴。サドみたいな奴。ヒットラーみたいな奴。まともな奴は一人としていなかった。そういうのは連鎖して、私の魂を次々汚していった。そして今も絶え間なく現れて、私に危害を加えてくる。絶対に許さない。私をこれ以上苦しめ、傷つけ、侮辱することは絶対に許さない。普通に生きたら良いのだ。受け入れてはいけない奴は受け入れなければいいのだ。危険を感じたら即逃げたら良いのだ。逃げなくとも、普通にかわすことはできる。コントロールすることはできる。世の中のダークサイドに住む連中なんか、怖がる必要ないのだ。何も限界まで耐える必要はないのだ。普通に対処すれば良いだけの話だ。もし無理なら、物理的、社会的、心理的に距離を置き、支配されない、影響下に立たない。それが重要だ。不快感を感じているということは、すでに心理的影響下にある可能性がある。即座に離れないといけない。ダーティーな人間と付き合わないといけない道理なんかないのだ。サリンみたいな奴ら。どうして生きているんだ。今も苦しむ必要なんかなくて、気楽に生きたら良いのだ。何も気にしないで、リラックスして、ゆっくり生きたら良いのだ。どうしてわざわざ自分からきちがいの毒牙にかかりに行くのか。安全な人生を生きよう。永平寺に修行にでも行くか。そして禅僧にでもなるか。放哉も修養団みたいなのに属した時期もあったらしい。奉仕に生きるというのもひとつの生き方かも知れない。苦しむ必要なんかないのに、自ら苦しむことはない。今転換期だ。むしろリラックスして、自分の変化を楽しむのが良い。私はきちがいでも、悪人でもない。スピリチュアルな存在だ。スピリチュアルへと脱皮するのだ。変な奴にこだわって、わざわざ支配下に入り、苦しむというのが、私のこれまでのパターンだ。変な奴なんか相手にする必要はないのだ。まず最初にあの悪がきとであった。それからサディストみたいな奴とであった。それから貧乏人のせがれとであった。それから母子家庭の馬鹿と付き合い、きちがい教師に出会った。それから人付き合いに愛想が尽きて、一人で引きこもって生きるようになった。その頃から日記を書き始め、怪しい世界に入るようになった。すでに前駆症状が始まっていたかもしれない。芥川なんかにはまったのも悪かったかもしれない。それから高校でまたきちがい教師に出会い、大学で、きちがいクラスに入り、発狂した。その前にサドを読んだ。これが決定打になった。きちがいとの付き合いは長い。今はそんな奴らの影響下から脱したと信じている。あのカウンセラーはどうだったのだ。新たなきちがいじゃなかったのか。あのegとかグループはどうだったのか。新たなきちがいとの出会いだったんじゃないかと思う。座禅は脱洗脳になる。仏陀もあらゆる煩悩の虜になり、おかしくなっていたんじゃないのか。それが座禅によって自由になった。自立を勝ち取ったのだ。あんなきちがいから自由になる方法はいくらでもあるんだ。まず受け入れない。相手にしない。自分から影響下に入らない。軽くかわす。見下す。徹底して遠ざける。ご機嫌なんか取らない。変えようとしない。近づかない。希望を持たない。同じ人間だなどと思わない。分かり合えるなどという幻想を抱かない。サリンだと思う。自分の安全を最優先し、関わる義務があるなどと思わない。ダメージを最小限にする。脱洗脳して、考えることをやめる。恐れることをやめる。危害を加えることを許さない。危害を加えられて、支配されない。非暴力を貫き、付け込まれる口実を与えない。同じ空気を吸わない。完全無視する。絶対交わらない。あるときは戦う姿勢を鮮明にする。馴れ合わない。非暴力不服従を貫く。利得を与えない。
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