希望の日記

2010年06月26日(土)

何かいろんなことがクリアーになってきた。自分のこと、会社のこと、世間のこと。悟り体験か。会社がなぜ居心地が悪いか。それ以前に家族、学校が居心地悪かったか。なぜいじめられたか。病気だったからか。はたらかなかったからか。なぜ人の言うことが理解できないか。私が馬鹿だからではない。会社、軍隊、学校は人を強制して働かせる場所だ。近代国家の成立とともに誕生した。効率よく国民を一定の目的に向けて働かせる装置だ。規格にはめて、教育、強制する必要があるから、規格外のやつは排除される。それが私の感じてきた違和感の根源だ。学校や、軍隊に住む妖怪が、いじめだ。体罰もある。体罰でなくても処罰はある。会社にもある。強制で働かせるための最後の手段だ。後病理現象として、モラハラ、パワハラがある。これは非公式の暴力だ。体育会などにもある。全ての組織にある。モラハラ、パワハラを行うやつを容認したり、奨励さえする場合がある。病理現象だ。人に危害を加えるサリンのようなやつ。ここまで行くと容認できない。私は芸術家だ。会社に居場所などない。精神病院に入院していたとき、学部を法学部から、文学部に替わろうとして、止められた。偏差値の高い、有用な学問である法学から、そうでない文学部に移ることはもったいないという理由だそうだ。しかし、今となっては間違った選択だった。でももう止めようがなかった。何とかなる、何とかなると思い続けて、何十年もずるずると不本意な生活を続けてきて、あまりのストレスに病気が再発してしまった。なぜ耐えるんだろうか、何のために自分を偽るんだろうか。生計を立てるため。社会に参加したいため。
姉は最初のモラハラ野郎だった。理由もなく人を嫌い、攻撃する。そしてすましている悪逆ぶりがたまらなく嫌だった。自分を武装するため、サドを読んだ。その結果、全てを失った。モラハラと戦う勇気を失った。悪と馴れ合ってはいけない。退廃はいけない。生きていけなくなる。精神病院で過ごさないといけなくなる。小さい頃、ちょっとの悪と馴れ合った結果、悪は肥大化し、コントロール不能になった。内なる宅間を飼うようになってしまった。それに反応して攻撃してくるやつら。HKI。私は悪の側だから、攻撃されて当然と組織は見る。だから助けてはくれない。
自由。私が最後のよりどころにするのは自由だ。悪の自由。悪は私のスピリチュアルな部分を蚕食し、住み着いてしまった。悪を追い出すことができなくなった以上、自由のために戦う。それしか残されていない。
後はスピリチュアルだ。心を浄化し、悪を追い出し、退廃から立ち直る最後のチャンスだ。人から強制されたり、脅されたりするのではなく、自分の意思で、退廃から決別する最後のチャンスだ。海外でも働かなかったし、マスターでも働いていない。働かない体質になってしまった。改めてモラハラを受けた。でも私は何が毒かわかっているので、注意深く避けている。馴れ合うことも耐えることもしない。戦い、一定の自由を勝ち取る。兄の家に行ってモラハラを受けた。働かないからだ。またきちがいのサークルに行って、働かないからと迫害を受けた。自由。自由のために、迫害と戦う。それしか生きがいはなくなった。
それと別に脳が動かなくなってしまった。あまりのストレスに薬物やアルコールに依存し、オーバードーズまがいのことをやった結果、かつての明晰さが失われた。これでは生きていけない。戦うこともできない。人の情けにすがって生きていくしかない。だからスピリチュアルしかないのだ。生きる力を回復し、退廃を追い出し、働く意志と能力を回復するのはスピリチュアルしかないのだ。働かないのは自分の意思か、生まれつきか。そうではないだろう。悪のために習慣と化しているのだ。後病気のためにしんどくなっている。ものすごく疲れやすい。統合失調症を発病した小学校教師も、働けなくなって、8年で、早期退職に応じた。今は作業所に通っている。人事ではない。私も長くは働けない状況になっている。モラハラや迫害と、そのつど戦って消耗しても、生き残ることにはつながらない。モラハラは悪ですと訴えても、それを誘発しているのは組織の側だから、見込みはない。正義なんて通らない。資本主義の病理は深い。
今までの延長線上では問題は解決できない。今こそ悪と決別して、スピリチュアルに移行すべきだ。悪は私の本性ではない。悪が本性の奴なんかいない。宅間でさえそうだ。長い時間をかけて、カウンセリングを行い、反省を促せばきっと改心したはずだ。そうすれば償うチャンスもあったのに、むざむざ殺してしまった。日本社会の退廃は深い。スピリチュアルに回帰しよう。悪も善もない。ただスピリチュアル。モラハラや迫害もない。理想の社会。きっと実現できる。自己実現できたら、社会でも実現できる。私が学んだことを社会に還元できたら、きっと大きな力になる。社会は光を求めている。あのきちがいでさえそうかもしれない。家庭で愛されなくなり、愛を求めて社会にしゃしゃり出てきたのだ。完全な勘違い野郎だ。そんな奴でさえ、居場所のある社会を作らないといけない。彼らは邪悪だ。確かに底知れないくらい邪悪だ。それでも被害を受けず、無力化し、社会で使う方法はある。あいつは出世した。あのモラハラ野郎が。社会とはそういうものだ。目的のためには手段を選ばない一番邪悪な人間が出世するのだ。この世は病んでいる。でも加害者じゃなくて良かった。私の魂の純潔は保証された。私は天国に行ける。あいつらは地獄行きだ。あんなやつらがいるからこの世は地獄になる。でも私は身を守る術を知った。簡単なことだ。悪を容認しないこと。退廃と馴れ合わないこと。断固たる態度をとり、隙や弱みを見せないこと。どちらが正しいか、思い知らせること。それが不可能なら、あらゆる手段を使って、物理、社会、心理的距離を保ち、支配から逃れること。今は思ったとおりに行動して、簡単に身を守ることができる。思ったとおりに行動することだ。私は神に愛されている。神は私の側についている。暴力は許さないこと。毅然とした態度を取ること。恐れることはない。神は私の側にいる。
救いはスピリチュアルだ。しかも実践が良い。言葉は頼りない。許しとか言っても、嘘臭い。洗脳だという人もいる。でも瞑想や座禅はそういう退廃とは無縁だ。悪も善も関係なく、自立できる。退廃から自由になれる。強制や迫害から自由になれる。
今まで悪と馴れ合って無為に長い人生を徒過してきたが、今こそ救われるチャンスだ。社会と和解できるチャンスだ。私も和解したくないといっているわけではない。和解して、迫害されない保証が得られれば一番良い。むしろほめられたい。スピリチュアルは最後のチャンスを与えてくれる。しかもそれ以外には方法はない。人はろうそくのように自らを照らして周りを照らす。一隅を照らす存在で良いじゃないか。皆迫害を逃れて、あるいは追放されて、この場所にいる。それでやっていくより仕方ないじゃないか。色々突っ込みたくなるけど、お互い様だ。お互い我慢しあってやっていくより仕方がない。ないものねだりをするのではなくて、あるものでやっていくより仕方がない。サバイバルの思想だ。
私の脳はちょっと変わっているそうだ。神経線維がむき出しになっている。それが何を意味するのかわからない。おそらく兄弟の脳もそうなっているんだろう。皆少しずつ変わっている。変わっているから悪いんじゃない。迫害を受けたるするけど、賞賛に変わるチャンスもある。私はずいぶん大雑把な考えしかできない。理系の奴らの精密な考え方にはついていけない。私の脳の異常がそれに関係しているのかはわからない。でもコンプレックスとは思わない。それを補って余りあるものがあると信じている。
今こうして、長い道程を経て、このような考えに達することができたのであるから、人に劣っているとは思わない。
日本人自体が、アフリカから遠く離れて、迫害や放浪の果てに流れ着いた連中の末裔だ。でも特異な言語を話し、独特の文明を発展させてきた。だから良いじゃないか。卑下したり、自虐に走るのはやめよう。あるもので満足すれば良いじゃないか。日本人は誇りを失っているようだが、そんな必要はない。焦って自爆してはいけない。衰退するにしても、落ち着き払って、優雅に衰退していけば良い。日本人にはその資格がある。今まで散々世界に貢献してきたんだ。疲れて、引きこもっても文句は言われない。
モラハラなんてやる奴は人間ではない。でもそういう奴を温存させるところが企業というところだ。軍隊なんかもっとひどい。経験した人が口をそろえて言う。非人間的な真空地帯であると。でも中には適応して生き延びる奴もいる。出世する奴もいる。そういう奴はモラハラやパワハラを上手にできる奴だ。運動部にも多いタイプだ。体育って言うのが、近代国家形成のために、軍隊を作る必要に応じて生み出されたものだから。
今まで回答を猶予してきたことが、無駄だったとか、時間の空費だったとは思わない。必要な時間だったのだ。自分が居場所を見つけるまでの長い時間。もともと社会の中に居場所を見つけて、居心地が良いと感じる人間ではなかったのだから。こんだけ時間がかかったとしても不思議ではない。それと脳の不調もある。それは生産的ではない。仕方がないことだ。怠けていたのではなく、必死で戦ってきたのだ。今まで費やした言葉は何万言だろう。それは無駄ではなかったといえる。正気を保つためにどうしても必要だった。あんなモラハラ野郎に変身しないですむ、唯一の道だった。モラハラ野郎になって出世していく道は私には無理だ。心優しい私。スピリチュアルに生きよう。ひたすらにひたむきに。スピリチュアルの道は平坦ではない。でも唯一生きる価値のある道だ。感謝され、満足も得られる。退廃や悪からも自由になれ、狂気に侵された奴からの迫害もない。欲は人を狂わせる。それが嫌で、銀行を辞めた。でも製造業だって似たようなものだ。利潤追求は徹底している。欲望は肥大化し、人は病んでくる。モラハラやパワハラがはびこり、私の居場所がなくなっていく。きちがいが大きな顔をしてのさばるようになる。hkみたいなきちがいが。スピリチュアルはそういう奴から逃れる唯一の道だ。私だって、点数や成績の魔力に取り付かれ、競争に勝ち残ろうとした口だ。欲望から、金や権力を求めた一人だった。今はそれらから疎外されている。今はスピリチュアルのときが満ちた。それ以外に道はないことがはっきりわかる。無力でも無防備でもきちがいから身を守れる。思ったとおりに行動して、しかも正しい。非難も迫害も受けない。それがスピリチュアルだ。第三の道だ。権力や金や性への盲従でもなく、悪でも退廃でもなく、真の自己実現につながる唯一の道。学校では教えてくれなかった道。会社でも教えてくれなかった道。
掃除をしたからこんなことに気づいたのかな。これからはもっと掃除をしよう。ヘルパーを断って、自分で掃除しようか。私も学歴という大きな退廃に取り付かれていたのだ。その呪縛から逃れるのに、何十年もかかった。でもその呪縛に一生縛られる人よりもよかったんじゃないのか。東大を出て、栄耀栄華を極める人もいるだろうが、私はこんな人生で満足だ。自由だ。何を考えても自由だし、魂が穢れなかった。あんなきちがいどもとは違うといえる。
でも被害にあって、家は買えない、結婚はできない、給料は安い、友達はいない、趣味もない、人に馬鹿にされる。でもスピリチュアルがある。娼婦と戯れる自由がある。本を読む喜びがある。最近は脳がダメージを受けて、本も読めなくなっているが。
今日は久々に長々と書いた。元気が出てきたんだろうか。服薬をやめてよかった。薬になんか頼っていたら、いつまでも社会復帰できない。化学的ロボトミーだ。私のこの悟りに比べたら、さかしらな会社の奴らのたわごとなんか、屁のようなものだ。私は正しい道を歩んでいる。
何かおかしい気もする。企業の中で生きているのに、働かないで、その結果ほめられず、給料は下げられ、出世もせず、感謝も尊敬もされず、仲間外れにされ、人の言うことが理解できず、何のためにいるのか自分でもわからず、未来に希望が持てず、嫌いな奴ばっかりで、息をするのも苦しいこの状況。明日から変えられるんだろうか。もっと時間がかかるというのだろうか。目の前のこともできなくなっているこの状況から逃れないといけない。掃除から始めよう。長いこと無為に過ごしすぎた。思い切って自己批判に踏み切ることも必要だ。悪のために無駄なスペースをふんだんに使って、仕事ができなくなっている。悪のためにとっておくスペースなどない。悪をかくまってはいけない。寛容であってはならない。悪が趣味であってはならない。これから変えよう。自己批判に転じよう。人を突っ込めるようになってきたということは自己改善できる能力が生まれてきたということだ。セルフコントロールできる可能性が芽生えたということだ。今までは悪を容認していたので、その余裕はなかった。ただだらしなかった。何もできなかった。誰とも会話ができなかった。これからは自己批判をし、自己改善をし、セルフコントロールして行こう。きっとできる。世間の奴らは悪であると思ってきたが、やっぱり世間で生きていこうと思ったら、受け入れないといけない。批判も受け入れないといけない。初めてそういう余裕が芽生えてきた。スピリチュアルの芽生えだ。今週掃除二回もやったということは大きな進歩だ。自己批判しよう。自分いじめではない。自己改善だ。住みやすくなる。生きやすくなる。自己実現できる。若い頃はこんなこと自明だったのに、何でここまで堕落してしまったのか。悪魔は堕落した天使だという。全く、優れた魂を持ちながら、悪いことや無益なことに費やしてしまった。もはや人が何を言っているのかさえ理解できない。末期症状だ。でも望みは捨てない。今からでも大丈夫だ。今からスタートして、行けるところまで行けばそこが終着点だ。ホームレスすれすれだ。でも病気だったのだから仕方がない。悪や無益なことはやめよう。憎しみや恨みは手放そう。きちがいを許すということではなく、ただマイナスの感情を手放し、自分にとって大切なことを始めよう。怠けず、たゆまずやっていこう。きっと希望の灯がともる日が来る。絶対回復できる。
悪のためにとっておける時間もスペースもない。今すぐ行動を起こそう。会社にとっても私のような人間を雇っておける大義名分が立たない。やっぱり自ら変わらないと誰も変えてくれない。薬物は自分を変えてくれない。目の前の苦しみをごまかしてくれるだけだ。もう薬物に頼ってはいけない。自分で変わるのだ。スピリチュアルだ。掃除だ。自己批判だ。悪の在庫一掃だ。悪を手放すと気持ち良い。悪は習慣に過ぎない。無意識にやってしまっている。モラハラやパワハラもそうだ。欲や我に駆られて、思わずやってしまっている。電車で人に暴力を振るう奴。あれは病気だ。何で許されると思っているのか。私は病んでないからわかる。まだ魂は健全だ。スピリチュアルだけが正しいことを教えてくれる。楽しい労働へと導いてくれる。労働の基本は掃除だ。馬鹿にしてはいけない。


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