竜也語り

2005年06月12日(日) 舞台「近代能楽集・弱法師」埼玉公演6月11日

◎昼・E列20番台 夜・G列20番台


ネタバレありありです。
この日は昼・夜2回の観劇だった。いつもなら観劇の回数を重ねるにつれ、段段と少しは冷静になってくるものだが、今回はどんどん高揚してくる。しかし毎回感じることだが、俊徳が登場する前、級子が「よございますね…」と言う辺りから皆さんソワソワしだしますな(笑)。「ここへ俊徳さんをお連れ致しましょう」早く私にも会わせてーっ!! 俊徳の登場の瞬間は本当に劇場の空気が雑多に動く…。俊徳が薄化粧をしているのがまたいい。すぐにこの化粧は汗やら涙やらよだれやらで跡かともなく崩れ去るので、前半のこの美少年俊徳は貴重だ(笑)。

2組の両親の前で尋常ではない言動を披露し産みの親を絶望させる俊徳。これらの言動は表向きには親に向けられているようだが、俊徳の意識は絶えず級子の方へ向けられているように感じられる。両親に見せつけていると言うよりは、級子に見せつけているような…。
“あの子の持っている毒に気を付けなさい”2組の両親はあれだけ狂人的な俊徳を感じた後もまだ俊徳を欲しがっている。川島などは15年も俊徳の狂気と付き合って、手におえず殺そうと思い詰めたことまで告白しているのに、それでも俊徳を離そうとしない。 “僕ってね、どうしてだが誰からも愛されるんだよ”

2組の両親を追い出し、やっと思惑(?)通りに級子と二人だけとなった。“この世のおわり”に入る前にひとしきりの二人の会話がある。「あいている目は形だけしか見ないからですよ」俊徳のこの意味深な言葉が印象的だ。
やがて真っ赤な夕焼けが訪れる。綺麗な入り日だと感嘆する級子に俊徳は妖しく誘いをかける。「これだけが見えるんです。はっきりと……僕は確かにこの世のおわりを見た。……僕の目を炎で焼いたその最後の炎までも見た。……何度か僕もあなたのように、それを静かな入日の景色だと思うとした。でもだめなんだ……」私はこの辺り、何故か涙が出そうになった。こんなことは「弱法師」を観て初めてのことである。竜也くんはこの時殆んど動きはない。じっと前方を見据えて静かに低い声で喋っているだけだ。もしかしたら観ているこちらの精神状態が反映されているのかも知れない。私だって人並みに鬱然とした気持ちになることもある。2,3日前に付いたその青あざを俊徳が押すような…そんな残酷さが含まれている俊徳の声だった。

この後俊徳の快感はどんどん登りつめていく。おそらく大人達は知らない、自分しか知らないであろう人間の正直な声、薔薇色の美しい屍、そしてこの世の終わりの瞬間。それを自分は知っている優越感と快感。「見える?見えるだろう?」級子にもこの快感を感じさせるように何度も級子に確認する。俊徳の恍惚が最高潮に達し、最後にそれを全て身体の中から出して、俊徳ははてた。
「この世のおわりを見たね。ねぇ、見ただろう、桜間さん」きっと級子も快感を得たはずだ。そんな俊徳の高慢を級子はへし折った。初めての拒絶に、嘘ばかりついている女は嫌いだ!あっちへ行け!と激昂する俊徳。俊徳が言うように級子は嘘をついたのだと私は思う。たぶん級子もこの世のおわりを見たはずだ。だがこの世のおわりを俊徳から奪うことが自分の役目と宣言する級子。
「それがなくては僕が生きていけない。それを承知でうばおうとするんだね」
「ええ」
「死んでもいいんだね、僕が」
「あなたはもう死んでいたんですよ」
「君は嫌な女だ。本当に嫌な女だ」
「それでも私はここにいますよ」
このほんの一時だけ俊徳は敗北し、そして俊徳をこちらの世界へ戻すチャンスだったような気がする。
「君は行きたいの?」瀕死の状態で俊徳は級子に尋ねる。…“あの子の持っている毒に気を付けなきゃいけませんよ”…
「いいえ、ずっとあなたのそばにいたいわ」…級子のこの言葉を聞いて俊徳は息を吹き返してしまった。竜也くんの演技が私にそう感じさせたのだ。

「何かつまらない用事をたのめばいいんだね」「柔らかい手をしているんだねぇ」あの甘ったるい声で性懲りもなく級子を誘う俊徳にぞっとした。お腹がすいたからと食べ物を要求する俊徳。「僕、腹が空いちゃった」これがまた小面憎い。ここで待っているように言い聞かす級子に「うん」と微笑みながら頷いている俊徳。そして部屋を出て行く級子に向って「僕ってね…どうしてだが、誰からも愛されるんだよ」結局俊徳はまたもとの世界に戻ってしまったように見えた。


***今日の俊徳チェ〜ック***
・最後の「もうだめだ!火が目の中へ飛び込んだー!!」の絶叫に入る前。その自分の目を焼く炎を描写する俊徳の少し静かな演技がいい。この静の部分が一気に最後の絶頂を高めてくれる。こちらも一緒に絶頂…なんてね(笑)
・カーテンコールは昼は3回、夜は4回。私も自分の正直な気持ちのままに手を叩き続けていた。3回目と4回目の幕が上がった時、竜也くんはもう帰りかけていて、慌てて戻って素敵な笑顔を見せてくれた。


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