2005年06月10日(金) |
小説「蹴りたい背中」 |
この小説も去年芥川賞を受賞した若い女性の作品だ。「現実世界で自分の使う言葉にも敏感になっていたい。」と作者が話しているが、だからなのか、前半は言葉にこだわりすぎて、ものの描写に少しくどさを感じた。後半は比較的テンポよく言葉が流れていったように思う。
唯一のクラスの友人に離れられてしまった女子高生・初実。休み時間もお弁当を食べるのもいつも独りだ。いくら孤独を愛する女性でも、この年頃の女の子にとってこれは辛い。初実は同級生のレベルが低いから、グループに属するのが嫌だから好んで独りを楽しんでいる(実際は楽しんでいるふりをしているだけ)とつぶやいているが、でも所詮それは初実の心の中での独り言。誰もそんなふうに初実を見ていない。しかしこの独り言だけが初実を支えている。でもやはり辛い…、教室で独りポツンとしている姿を同級生に見られている恥ずかしさ…。友達がいないという孤独よりも、そんな孤独な姿を同級生に見られることの方がより耐えられない…そんな気持ちが上手くこちらに伝わってきた。
同じようにクラスで友達のいない男子・にな川。ひょんなことからにな川と行動を共にするようになった初実は、彼に対して不思議な感覚を覚える。そこら辺がこの「蹴りたい背中」というタイトルに含まれているのだろう。自分のタイプの男の子ではないんだけど、絶対につき合いたいなんて思わないんだけど、それでも彼が今傍にいる自分の存在を無視し背を向け、他の女子のDJを聞いている…その彼の背中。その背中を名状し難い衝動に駆られ思いっきり蹴る。そうか、こんな時は背中を蹴ればいいのね(笑)。認めたくないけど相手に対する好意は自分の中に存在しているのに、なのに何故か憎たらしくて…無性に相手を痛めつけてやりたい…。じゃぁ、どうしようか…。頭をぶつのではつまらない。普通すぎる。お尻を蹴っ飛ばすのでは、これではちょっと色気がない。では背中を蹴ってみようか…。作者の感性に感心。
ところで初実が蹴りたい背中の持ち主・にな川であるが、この男子はファッションモデルの女性・オリチャンの大ファンという設定だ。同じように芸能人の大ファンである私は、このにな川というファンの姿がどのように描かれていくのか…これに興味を持った。男と女であるので、その珍動(?)はまた少し違ったものであるが、それでもファンの心理の根底は同じである。この小説の中には、そんな“ファン”という族に対する作者の痛烈な一撃がある。これは実際誰か芸能人のファンであるならば誰でもある程度気が付いていること。でも敢えてそれをどこかへ押し隠し自分で見えないようにしている事実。 「“オリチャンから与えられるオリチャンの情報”だけを集めているんだ。実際の生のオリチャンを知らずに。」 自分でもそんなことは重々理解しているつもりだが、このようにはっきりと活字にされると少し凹む(笑)。…でもね、オリチャンの言葉だけから情報を得ることがファンとしてのルールなのよ。むやみに自分から偵察して相手の深いところを見ようとしてはいけないの…。そんなことを活字に向かって語りたくなった(笑)。
|