竜也語り

2005年04月15日(金) 小説「蛇にピアス」

机の上にこんもりと積んである1冊を取り出して読んだもの。ご存知のように去年「芥川賞」を受賞した若い女性達の作品のうちの1つだ。
まず最初に感じたこと…「痛い…」。 冒頭に「スプリットタン」なる言葉が出てくる。人間の舌を蛇の舌のように二股に分かれた形に改造するというやつだ。舌にピアスの穴を開け、その穴を徐々に拡張して大きくし、最後には舌の先端からメスで切る…というものらしいが、読んでいて痛くなるような小説というのは私は正直苦手である。「スプリットタン」を始め、あまり聞き慣れない言葉が他にも登場していた。主人公の女の子ルイは日の当たらない裏社会に身を投じていたいと願っている人間だ。そちらの世界の言葉なのだろう。作者のインタビューの言葉に「(この小説に)込めたのは…基本的に自分の思いであったり、普段感じている主観的なものなんですが、それもきっと分かる人には分ると思うし、そういうところを書いて、自分で納得して人にも共感してもらえたら最高ですね。」 これも作者の言葉を借りれば「がんばって生きている人って何か見てて笑っちゃうし…」となれば、私は見られて笑われちゃうような人間ということになるので、所詮この主人公に共感するのは無理かな…という思いで読んでいた。
事実ルイが同棲相手の男性であるアマの本名も年齢も家族構成も知らない…そんな衝動的な浮遊しているような男女関係も理解出来ないし、刺青やストリップタンなどの、そこに何の主張が込められているのか(ただお洒落でやっているだけだと思うが…)首を傾げたくなるような肉体改造をしてみる気持ちも理解出来ないし…途中で読むのを止めようかと思ったくらいだ。しかし最後まで読んだ。それはそんな一見自堕落的な生活を送っているように感じられるルイも、ちゃんと物事を考えているからだ。これが作者の言っている主観なのだろう。自問自答していくその主観の内容よりも、自身に向き合おうとしているルイの姿に共感を得た。

後半、ルイの同棲相手のアマは何者かによって惨殺されてしまう。この事件によってルイはやっと自分の中に確かに存在する人間の心に気付いたように思えた。まだアマが殺害されたことを知らず、いつまでも家に帰って来ないアマを心配と不安と腹立ちの気持ちで待っているルイの意外な醜態。自分でもよく分らなかったスプリットタンへの執着が実はアマとそれを共有したかっただけだったということ。どんなに「愛のセレナーデが届かない暗い世界で身を燃やしたい」と思っていても、ルイは普通にアマを愛し、どっぷりとアマに依存していた。表現の仕方は少し異常であるが、そんな異常な行動に掻きたてた根底にある愛するものを失った悲しみは同じであった。
アマを殺害した犯人は結局分らない。一瞬ルイは自分のもう一人の情事の相手であるシバという男に疑いの念を抱くがそれもはっきりしない。このシバにアマの殺害の疑いを持ったことをきっかけにルイは生きていく決意をするのだが、ここら辺りが私には唐突に感じられた。

不思議なことに私はこの小説よりも、作者の女性と父親の関係の方に興味を持った。この作者は小学校4年生の頃から不登校になったり、自傷癖があったりと一筋縄ではいかなかった子のようであったが、そんな彼女を父親は何も言わず認めてくれていたと言う。だからなのかどうか分らないが、彼女はこれまでずっと自分の書いたものを父親に見せていたそうだ。そして父親はそれを赤ペンで修正して彼女に返却していたと言う。もちろんその中には性描写もあるわけで。特にこの小説のそれはアブノーマルなものである。…私には出来ないと思った。そもそも父親に自分の書いたものを見せるなんて考えもつかないことだ。百歩譲って母親には見せることが出来るかも知れない。でも父親にはちょっと…。ものを書くということはやはり自分を晒すことになると思うし、ある程度自らの経験を軸にしていると思うのだ。まぁ名実ともに一流の小説家として仕事をするようになればまた話は違ったものになるが、まだ思春期の頃においてはこれは私はご免蒙りたい。父親の方だってびっくり仰天し、恐らく慌てふためくだけで終わってしまい、その後の親子関係にプラスになることは少しもないように思える。と言ってもこれは私の家庭の場合であって、所詮娘も父親も器が違うということだろう(笑)。


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