まゆのウォーキング、ぼちぼち日記

2011年11月17日(木) ■被災地支援手伝いの報告8…「2000万円じゃだめね」と言われた話

震災被災支援手伝いの話の続きになります。

昨日まで、現地の方々との出会いの話しでしたが、
こんな豪快な方もおられました。
これは、南三陸町にある「ホテル海洋」
(7月25日に営業再開)
のエントランスでのことでした。



60代の女性が通りがかったので、
コメント書き込みをお願いしたら、
とても気持ちよく、




「いいわよ」




と、ペンをもたれたのです。



しかし、その後、
フラッグにコメントを
書こうとせずに、遠くの方を見て、
黙り込んでしまったのです。




私は、何を書こうか考えてくだっているんだと思い、
ゆっくり考えてもらおうと、少し離れかけました。
すると、この女性がこう話しかけてきたのです。




「2000万じゃダメね」
「えっ?
 2000万ですか?」
「そう、ダメね…」





そう言うと、また黙り込んでしまったのです。
2000万…何がダメなのかしら、
とんでもなく大金なのに、
と思いながら、しばらく黙っていると、
女性は、また、話しかけてきました。



「私ね、震災直後に2000万ほど、
 被災地支援に寄付したの。
 でも、今回、主人の会社の車で、
 岩手県の宮古から、海岸線を下ってきて、
 ずぅっと被災地を回ってきたら、
 海岸沿いは、ほとんど壊滅状態で、
 そんな金額では、とても足りない、
 そんな金額では、何もできないって、
 ……そう思ったの。
 もっと、お金ださないとダメね」




私は、頷きつつも、どう答えていいか迷い、
こう聞き返しました。



「ずっと被災地を回ってこられたのですか?」
「そう、1週間かけて海岸線くだってきたの。
 宮古にいく前には、福島にも行ったわ。
 どこも…ひどかったわ。
 言葉もでないくらいに」
「はい…
 震災直後よりは、大分瓦礫などは
 片付いたらしいのですけど」




すると、さらにこの女性は、
こう話を進めました。



「実はね、3月11日、
 宮古に主人の仕事で一緒に
 ついていく予定だったの。
 でもね、海外にいる娘が
 引越をすることになったので、
 急遽、アメリカの方に行くことになったの。
 でも、そうでなければ…
 震災にあっていたわ。
 行く予定になっていた宮古の建物は、
 跡形もなくなっていたのよ。
 まさに海岸の側にあったね。
 ちょっとしたことが、
 人の運命を変えるものね」
「まぁ、そうだったのですか…
 本当にそうですね」 

「アメリカのTVでもやっていたから、
 ひどいということはわかったけど、
 これほどまでとは思わなかったわ」




私が大きく頷くと、女性は、
ペンを持ち直し、フラッグに
こう書き込みしたのでした。




復興支援します。
これからもずっと。
負けないで、東北。





そして、こう言ったのです。




「もっと支援金を出すわ。
 おとうさんにもお願いしなくちゃ。
 私もだすわ。
 2000万円なんて、
 ケチなこといってられないわね」
「はい、お願いします」





女性は、大きく頷き、




「東北には、恩があるから、
 これからお返しするわ、
 出せるだけね」





と、言われて、初めて笑顔になりました。
どこかの会社の奥さまだったようですが、
かなり豪快な方でした。
そして、そう言うとしゃんとして、
立ち去っていかれました。

以前、「ことば探し」で、
松山千春さんのことばを紹介ました。
(こちら→「ことば探し」




知恵があるやつは知恵を出そう
力があるやつは力を出そう
金があるやつは金を出そう
自分は何も出せないよ
というやつは元気を出せ




私の頭の中には、このことばが
ぐるぐると浮かんできてました。
本当にそうだな、と。

ということで、
こんな豪快な方もおられて、
驚いたりもしました。



明日は、次の日の作業、
今度は、肉体労働をした話しです。
働きましたよ〜






■コメントが書ける「ぼちぼち日記」はこちら


 気軽にコメントが入れていただけます。 →「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→  「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。

 「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
  コンパクトで、読みやすい構成にしています。
  →「購読申込み」


 < 過去  INDEX  未来 >


まゆ [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加





《旅に行きたいですね〜》