2005年09月23日(金) |
歌舞伎を演じる秋分の日 |
暦上、今日から秋だが、日射しはまだまだ強く、気温もまだまだ高い。なかなか切れねェ汗との縁。 そんな秋分、生徒六人、教授一人が立ち上がり、演じた歌舞伎は名作、『白浪五人男』〜!
というわけで、信太の森ふるさと館の前庭特設ステージで歌舞伎を演じて参りました。演じたのは河竹黙阿弥作の『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』、通称『白浪五人男』と題される狂言歌舞伎です。 とはいっても全編を通しでやったわけではなく、クライマックスとも言える「稲瀬川(いなせがわ)勢揃いの場」。日本駄右衛門を初めとする盗賊集団が捕り手達に追い詰められ、捕らえられるなら捕らえてみろとばかりに、一人一人名乗って見栄を切るというかなりポピュラーな場面。
以下に各人の“ツラネ”(浪々と歌うように読み上げる長台詞)を紹介しておきます。
<日本駄エ門> 問われて名乗るもおこがましいが 生まれは遠州浜松在 十四の頃から親に放れ、身の生業も白浪の 沖を越えたる夜稼ぎの、盗みはすれど非道はせず、 人に情けを掛川の、金谷を掛けて宿々で、義賊と噂高札に 廻る配符のたらい越し、危ねえその身の境界も、 もはや四十に人間の、定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねえ 賊徒の張本、日本駄右衛門。
<弁天小僧菊之助> さてその次は江ノ島の、岩本院の稚児あがり 普段着慣れし振袖から、髷も島田に由比が浜 打ち込む波にしっぽりと、女に化けて美人局 油断のならぬ小娘も、小袋坂に身の破れ 悪い浮き名も龍の口、土の牢へも二度三度 段々超える鳥居数、八幡様の氏子にて、 鎌倉無宿と肩書きも、島に育ってその名せえ、弁天小僧菊之助。
<忠信利平> 続いてあとに控えしは、月の武蔵の江戸そだち がきの折から手癖が悪く、抜参り(ぬけめえり)からぐれ出して をかせぎに西国を、廻って首尾も吉野山 まぶな仕事も大峰に、足をとめたる奈良の京 碁打と言って寺々や、 豪家へ入り込み盗んだる 金が御嶽(みたけ)の罪科(つみとが)は、 蹴抜(けぬけ)の塔の二重三重 重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官の 御名前がたりの忠信利平。
<赤星十三> またその次につらなるは、以前は武家の中小姓 故主のために斬り取りも、鈍き刃の腰越や 砥上ヶ原に身の錆を、磨ぎなおしても抜け兼ぬる 盗み心の深緑、柳の都谷七郷(やつしちごう) 花水橋の切取りから、今牛若と名も高く 忍ぶ姿も人の目に、月影ヶ谷神輿ヶ嶽 今日ぞ命の明け方に、消ゆる間近き星月夜 その名も赤星十三郎。
<南郷力丸> さてどん尻に控えしは、磯風荒れえ小ゆるぎの 磯馴の松の曲がりなり、人となったる浜育ち 仁義の道も白川の、夜舟に乗り込む舟盗人 波にきらめく稲妻の、白刃で脅す人殺し 背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ヶ石 悪事千里というからは、どうで終めえは木の空と 覚悟はかねて鴫立ち沢、然し哀りゃあ身に知らぬ 念仏嫌れえな南郷力丸。
(以上、こちらから転載)
日本の定型詩と同じく五音七音で節を構成しているので、実際聞いてみると非常に語呂がよくて、思わず聞き入ってしまうような響きを持っています。最後に名乗るところで“見栄を切る”のですが、その時観客達からは拍手が起こります。
そこから捕り手と白浪五人男と軽く立ち回りがありまして(本当はもっと迫力のあるものなのかも知れませんが)、捕まえたところでチョン、とお開きになります。
それだけ。かなりブツ切りな一幕で、これだけ見ても何がなんだかサッパリ解らんのですが、歌舞伎が好きな人は大抵粗筋は知っていますし、普通歌舞伎座ではパンフ等で演目の解説等を行っていたりするので、初めての人でもプロの公演を見る場合は安心してもイイと思います。
web拍手レス(え? 僕が何を演ったのかって? 捕り手1ですよ捕り手1。日本駄右衛門と立ち回りをして見事捕らえる主役級の役です。本当は10人いて、五人男にそれぞれ二人ずつ付くはずなのですが、二人しか用意できなかったので、10人で分けて言う台詞をたった二人で言うので結構な量になってしまいました)
今日は拍手コメント無し
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