失われた声に耳をすませて (あの日、あの時、一瞬にして世界が変わった。 そこに確かに存在した人々の物語。 あなたに彼らの声が聞こえますか?)
時々、本を読んだあとでその物語の中から抜け出せないで、しばし無というかぼうっとしてしまうことがある。 この本もそんな一冊であの日、確かに生きていたあまた多くの市井の人々、私も今、そのなかの一人のような思いでいる。
なぜ、あんなことが起きたのか。なぜ、何万人もの人が生きながら焼かれるようなことになったのか。 町に爆弾が落ちて、やがて町の外にも黒い雨が降りはじめたとき、私は思ったのだ。 ああ、空が泣いている。こんなむごいありさまを見た空が泣いていると。 空さえ泣き出したからには、この雨が降りやんだら、今見ていることはみんな悪い夢だということになるかもしれない、そして今朝見上げたばかりの、あの晴れわたった青空が広がって、またうるさいほどの蝉時雨が聞こえてくるのかもしれないと。 だが、黒い雨がやんでも、目の前のむごい光景は変わらなかった。 町からは次から次へと生きながら焼かれた人たちが逃げてきて、幽鬼の群れみたいな行列は消えず、それどころか長く長く伸びていくばかりだった。 あの日から続く悪い夢の連なりのなかに、私は、今も立ち尽くしているような気がすることがある。
「あなたでも私でもよかった。焼かれて死んだのも、鼻をもがれたのも、石に焼きつけられたのも。あなたでも、私でもあった。死ぬのはだれでもかまわなかった」 そのとおりだった。 「私にはいまだに、その答えがわからないのです。……だからこそ、あの日を記憶しておかなければと思うのです。あの日を知らない人たちが、私たちの記憶を自分のものとして分かち持てるように」 〜 「一人ひとりが、確かにここで生きていたことも。これ以上ないほど無意味な死を死んでいったことも」 僕たちは、また黙って川を見つめた。
八月の光が、あたりに満ちていた。
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