2003年07月09日(水) |
海のオルゴール 竹内 てるよ |
子にささげる愛と詩
病ゆえに引き裂かれ 27年ぶりに再会したわが子は 刑に服する身であった
あなたにめぐり逢った名古屋の刑務所、そのコンクリートの塀にはつめたい雨が降っていて、なつかしさにその塀をさわる母わたくしの指先をつめたくしました。疲れるとすぐ氷のようになる、心臓に病気のある私の手をいちどもあたためてくれる日もなくて、あなたは34歳で今生を終り、まもなく病をよくした私をただ一人はっきりと、たしかに現生に残しました。 いま、私はあなたを語り、私の母を語り、自分を語ることによって、人生では、平凡で平和な、あたりまえの生活をする多くの人々に心からの敬意と、尊敬をささげるものであります。石狩川に投身自殺した19歳の私の母も、私も女として母としてどんなに人並の生活がしたかったことでしょう。 すべての人のなしている、きわめて当然な、あたりまえの生活を、母も私も、あなたもすることが出来ませんでした。平凡な、誰にでも出来る生活が出来なかった私たち、そしてその生活を唯一無二のものとして尊敬する私たち、今はいま、そのことを書いてみようと考えています。
さくらの梢から
こんな夕ぐれ 私はひとりでいたい そして ただ一つのことを思って あなたはいま このうつくしいたそがれの雲をみつめて さくらの並木みちを 歩いているであろう
雲には ふしぎな色があるし 風は 思案をみだすほど 吹かない
あらゆる平静の中で とりわけ深いものが あなたの心を かり立てて不安にしても これは 陽春の 湖水の上の ひとときの浪を 思わせるにすぎない
うつくしい平静な 面をして あなたが そのみちを去ってゆくころ さくらの梢から 一片の花が散るであろう
こんな夕ぐれ 私はひとりでいたい 空になお 残る 薄明の中を 心を込めて 散りゆく 花をみることは出来なくても おお それが あなたの若々しい肩に
あなたは 何も知りはしない そして 私は こんなにも 愛している
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